この日、ノエビアスタジアム神戸は素晴らしい雰囲気に包まれた。
文字通り日本中のサッカーファンが注目し、全てのヴィッセルサポーターが期待を寄せるルーカス ポドルスキが2ゴールを挙げる活躍を見せ、勝利を飾ったのだから当然ではある。

試合後、選手たちを出迎えた三木谷浩史会長の笑顔が、その全てを物語っていたように感じる。
試合後に大森晃太郎がコメントしたように、チームの雰囲気は良いようだ。
この勝利がヴィッセルに勢いをつけたことだけは間違いないだろう。
今季のヴィッセルが目標としているのは「タイトル獲得」、そして「AFCアジアチャンピオンズリーグの出場権獲得」だ。
YBCルヴァンカップ、天皇杯とも未だ勝ち残っている。
リーグ戦も首位との差は大きいが、残り試合数を考えると諦めるには早すぎる。
未だ目標達成は十分に可能な位置にいるのだ。
であればこそ、こうした勝ち試合の後でも課題を真摯に捉え、この先の戦いに活かさなければならない。
これを誰よりも理解していると感じさせたのは渡邉千真だった。

試合後、「チームとしてはまだできていないこともある」と試合を振り返る姿は、ルーカス ポドルスキのゴールで浮き足立っていた報道陣と対照的だった。
その上で「後半は良かったのでは?」という質問に対して「中でプレーしている感じでは、特にリズムもできていなかった。単純なミスも多かった」と厳しい見方を示した。
この渡邉の言動こそが、この先の戦いにおいて大きな力となるだろう。
どんな競技にも共通して言えることだが、勝負を結果のみで評価してしまうことは大きな危険を孕んでいる。
勝利という結果が最も大事なことは事実だが、そこに至る過程をも評価対象とすることこそが、真に強いチームを作ることになる。
敗戦後の反省は誰にでもできるが、勝利という結果に惑わされることなく、試合中に露見した問題点を直視するというのは、なかなかできることではない。
これまで筆者が話を聞いた名指導者といわれる人は異口同音に、「勝った試合こそ反省しなければならない」と話していたことが、何よりの証拠だろう。
プロ野球の世界で巨人軍を率いて9連覇を成し遂げた川上哲治氏は生前「勝った試合で反省することが、次の勝ちを呼び、常勝につながる」と語ってくれた。
この考え方は剣道の「打って反省、打たれて感謝」という考え方に通じているのかもしれない。
スポーツにおいて、一つの試合をノーミスで終えるということは、まずあり得ない。
ということは勝った試合であっても、そこには成長の余地があるということだ。
しかしここに気付き、活かすことのできるチームというのはなかなかない。
そしてそうしたチームがやがてはチャンピオンとなり、人々の尊敬を集めるようになる。
そう考えると、キャプテンである渡邉がこの厳しさを持っているということは、ヴィッセルの今後の戦いにとって明るい材料といえるだろう。
ルーカス ポドルスキという『超大物』のゴール、普段の倍以上とも思われる報道陣、盛り上がるスタンドといった、浮かれるなという方が無理な状況下でも冷静に次節以降の戦いを見据えて話すことのできる渡邉には改めて感心させられた。
今回の項では渡邉に習い、ヴィッセルに突きつけられている課題から見ていく。
この試合でネルシーニョ監督は、一週間前に行われた仙台とのPSM同様、ルーカス ポドルスキと渡邉の2トップを採用し、4-4-2の布陣で試合に臨んだ。
試合後の会見でネルシーニョ監督は、前半は巧くいかなかったと認めた上で、この2トップに相手のバイタルエリアでボールを受けさせたかったと語った。
そこにボールを運べなかった理由は明らかだ。
大宮は4-1-4-1の布陣ではあったが、全体をリトリートさせた上でのカウンター勝負に徹していたからだ。
このリトリートした相手をどう崩すかというのは、ヴィッセルがシーズン前半から引き続き直面している課題だ。
前半戦のスタッツを見ると、ポゼッションはややヴィッセルが優位だったようだが、見ている限りはそうした印象はなかった。
いわば「持たされている」状態であったため、大宮にとっては嫌な形にはなっていなかったのだ。
ヴィッセルは最終ラインからボールをつなぎながら、相手の前までは自由にボールを運べていたが、そこから先はコンパクトな陣形で守りを固める大宮を崩すことができなかった。
密集の中にボールを入れても、そこから連続したつながりにはならず、単発で終わってしまった。
そこから大宮のカウンターを受ける形が続いたため、印象としては大宮が試合をコントロールしていた前半だった。
こうした相手を崩すにはいくつかの方法がある。
例えば一つはサイドを使う方法だ。
これは今のヴィッセルが最も多用する形でもある。
しかしサイドを使ったとしても、相手の守備陣形に綻びを作り出せなければ意味はない。
単純にサイドに振って、そこからボールを入れたとしても、相手にとってはボールの出てくる方向が変わるだけであり、陣形は維持される。
この方法で崩す場合には、まずは中央に相手の守備意識を寄せる動きが必要となる。
その上で、サイドの選手はプレッシャーの少ない状態で起点となり、相手を釣り出す。
伸縮を繰り返させることで綻びを作り出すイメージだ。
相手がリトリートしているため、サイドに振るのはアタッキングサードに入ってからになる。
ということは、その手前のミドルサードでの仕掛けが重要になる。
そこで鍵を握るのはボランチの動きだ。
ボランチがギリギリまで中央での仕掛けを見せることで、相手の守備意識を中央に引き付けなければならないのだ。
しかしこの試合でヴィッセルは、ボランチからサイドにボールを出すのが早すぎるため、相手の守備はバランスを崩すことがなかった。
そうなった場合、サイドから一発で逆側にボールを振るなどして、相手の守備を横に動かさなければならないのだが、ヴィッセルのパスは中央を経由するため、相手はその動きに十分に対処できてしまう。
他の方法としては、中央の選手が最終ラインを引っ張ることでバイタルエリアを空けるやり方がある。
この場合は段階的な仕掛けが必要となる。
まずはバイタルエリアにボランチやサイドハーフの選手が入り込むことで数的優位を作り出さなければならない。
その上でトップの選手が相手のセンターバックを押し下げるように動き、ペナルティエリアにスペースを作り出す必要がある。
その際に生まれるスペースは、瞬間的なものになるため、バイタルエリアにいる選手には、そこを見逃さずに入っていきシュートまで持っていく動きが求められる。
この方法はボールを失った場合、一気にカウンターを受けることとなるため、味方守備陣との意思疎通も欠かせない。
今のヴィッセルの布陣を考えると、前者の方が向いているようには思うが、そこは対戦相手にも拠る。
いずれにしてもシュートまで持っていくための道筋やミドルサードでの仕掛けなどがチーム内で共有されていなければ、近い距離でパスをつなぐだけになってしまう。
他にも相手を崩す方法というのはある。
どれが正解ということはないが、いずれの場合も肝要なのは、チーム内で意思を統一してそれに当たることだ。
もう一点付記すると、ヴィッセルのボールの動かし方はリズムが一定なように思える。
ここは言語化が難しい部分ではあるのだが、リズミカルにパスをつなぐということは、相手にとっても対応するリズムが読みやすいということでもある。
ボールをワンタッチ、ないしはツータッチで動かしていくこと自体に問題はないが、そこでタメを作ったり、テンポを早めるなどの動きを織り込むことで、相手の守備にリズムをつかませない工夫も必要だ。
ヴィッセルはここが正直すぎるため、パスを受けてから出すまでのリズムが揃ってしまっているように見える。
そのため、相手の守備がパスコースに入りやすくなっており、トラップが流れたところなどを狙われてしまう。
そこで解決策のヒントとなるのが、34分にニウトンが見せたプレーだ。
この場面では相手守備の前でボールを動かしている中で、ニウトンが一瞬動きのリズムを変えた。
1テンポ遅らせて蹴ったため、マークしている相手選手は動きを外され、浮き球のパスを前に送ったのだ。
これを三原がつなぎ、最後は右から渡邉がシュートするに至ったのだが、こうしたプレーを一つ入れるだけでシュートシーンを作り出すことはできるのだ。
この試合で田中英雄が挙げた3点目のゴールは、ルーカス ポドルスキのお株を奪うような見事なシュートだった。
こぼれ球に迷うことなく走り込み、押さえの効いた見事なミドルシュートをゴールに突き刺した。

この得点シーンは見事だったが、ボランチとしての動きそのものには課題も残った。
前記したように、サイドを使う際にはミドルサードの中で相手を中央に寄せる動きが必要なのだが、田中(英)は球離れが早すぎるため、相手に対処されてしまっていた。
豊富な運動量と守備にも奔走する献身的な動きは素晴らしいのだが、攻撃の際に相手のプレッシャーを怖がってしまう点は克服して欲しい。
ボランチというポジションに入る以上、相手のプレッシャーを引き受けながら、味方の動きを引き出して欲しかったのだが、ボールを失わないことを優先していたため、ここで時間が作れなかったのは悔やまれる点だ。
時には溜めを作って相手をひきつけるのだが、相手に寄せられると反射的に横や後ろに出してしまうため、攻撃のリズムが生まれなかった。
またボールを出す際に、味方だけでなく相手の動きも把握して欲しい。
相手がプレッシャーをかけに来ている相手にパスを出してしまうシーンが、試合の中で何度か見られた。
パスというのは単にボールを渡すだけではなく、受ける選手に対して何を期待しているかを伝えるメッセージでなければならない。
試合後には、自分のサッカー選手人生を考えながらプレーしていると語ってくれた田中(英)は、多くのサポーターから愛されている。
北本久仁衛に次いで在籍年数も長くなった田中(英)が、過去に苦しい場面でチームを救う活躍を見せてくれたことを誰もが覚えているためだ。
前十字じん帯損傷という大怪我から復帰した今季、未だに成長への意欲を失わず、プレーし続ける田中(英)の努力には素直に賛辞を送りたい。
この試合で挙げたゴールは、彼のサッカー人生の中で誇りとなる素晴らしいゴールだった。
サポーターへの感謝を忘れない姿勢も、若い選手にとってはいいお手本となる。
そんな田中(英)だからこそ、敢えて苦言を呈し、更なる成長を望みたい。
前述した通り、前半は大宮が試合を支配していた。
最初にチャンスを作り出したのも大宮だった。
7分に江坂任がカウンターから抜け出し、GKとの1対1を迎えた。
この場面でシュートはわずかに右に逸れたことで、ヴィッセルは危機を脱した。
この場面ではキム スンギュの存在が光った。
抜け出した江坂はいいリズムでドリブルしていたが、シュートを打つ一つ前にゴール方向に目をやっている。
そのとき、飛び出していたキム スンギュが目に入ったことでリズムを変えてしまった。
そのためボールが足もとで深くなり、シュートをコントロールしきれなくなった。
これはキム スンギュの飛び出しが、そのコース・タイミングとも完璧だったことの証左だ。
これが1呼吸でも遅れていたならば、江坂は落ち着いてゴールを狙うことができていただろう。
試合の流れを考えたとき、ここで先制されていたならば違う結果になっていた可能性は高い。
これはキム スンギュの隠れたファインプレーだった。
この試合で待望の戦列復帰を果たしたのは大森晃太郎だ。

後半開始からピッチに登場した大森は、負傷前と変わらずクレバーな動きを見せた。
左サイドハーフに入った大森は、そこでじっくりとボールを持ちながら起点を作ることができるため、サイドバックの橋本和を呼び込むことができる。
こうすることで、サイドからの選択肢は広がる。
中央に切れ込んでの動きも健在だった。
2点目のシーンでは、中央から右に流れていったことで、こぼれたボールを拾いクロスを上げた。
このクロスの質も高く、ルーカス ポドルスキの2得点目をアシストした。
クロスを打つシーンでは軸足を飛ばして、しっかりとミートしているため、相手DFは対応が難しくなっている。
大森が復帰したことで、好調を維持する小川慶治朗や三原雅俊とのポジション争いは激化すること間違いなしだ。
大森と同じく後半頭からピッチに入った松下佳貴は差し引きゼロといったところだろうか。
先制点の場面では、リフレクションで出てきたボールをルーカス ポドルスキに渡す落ち着きを見せた。
しかし失点シーンでは、松下のボールロストから相手の攻撃は始まっている。
ユーティリティー性も高く、どこでプレーしても質の高いボールを蹴ることのできる松下は、今やチームに欠くことのできない存在となっている。
それを支えているのが、ピッチ上を俯瞰して捉えることのできるセンスだ。
しかし時折見せる軽いプレーは、改善しなければならない。
大学生の頃は能力の違いで、そうしたプレーが目立つことはなかったと思うが、プロの世界、それも国内トップカテゴリともなると、ちょっとした隙が狙われる。
プロ2年目を迎え、ここから更なる飛躍が期待される選手だけに、小さなことにも気をつけて欲しい。
失点シーンは守備陣全体が反省しなければならないようだ。
マテウスのスピードに乗った突破から右に展開され、最後は折り返したボールを逆サイドに走り込んでいたマルセロ トスカーノに決められてしまった。
この場面ではラインコントロールも間に合っておらず、マテウスのスピードの前に後手を踏んでしまった。
しかも得点を挙げたマルセロ トスカーノを完全なフリーにしてしまっていた。
大宮で最も怖さを発揮していた選手をフリーにしてしまうというのは、明らかに守備が乱れていたことを意味している。
反省点を中心に試合を振り返ってきたが、勝利したという結果が大きいことには変わりがない。
この試合に勝利したことで勝点は29となった。
首位争いをしているセレッソ大阪や鹿島アントラーズとの差はまだ大きいが、3位争いとなると勝点6差に詰め寄っている。
3位から7位までが勝点1の中にひしめいていることを考えると、まずはここに加わることが直近の目標となるだろう。
そのためにも今は、目の前の相手に勝っていくというシンプルな戦いに徹する他はない。
次節の柏戦は大きな試金石となる。
前回の対戦では翻弄された相手に、どのような戦いを見せることができるかによって、チームの現在地が判るやもしれない。
今のヴィッセルは特別な力を持つ選手を擁するだけに、ネルシーニョ監督のチーム作りの手腕に期待が集まっている。

今日の一番星
[ルーカスポドルスキ選手]
この試合においては、これ以外の選択肢はない。鮮烈なJリーグデビューを果たしたルーカス ポドルスキは、世界トップクラスの力を見せ付けてくれた。最初のゴールシーンでは小さな振りから強烈なシュートをゴール右に蹴り込んだ。身体を反転させ、振りかぶることなく強いシュートを蹴ることができる選手など、世界を見渡してもそういるものではない。しかも「ここしかない」というコースに正確に蹴りこむ技術には恐れ入るしかない。2点目のシーンでは河本裕之と岩上祐三に前後を挟まれながらも、全くぶれることなく、大森のクロスを頭で見事にコースめがけて叩きつけている。試合後に本人は「日本人が少し小さかったので」と語っていたが、河本の身長は183cmであり、ルーカス ポドルスキよりも高いのだ。河本のハイボールへの強さは、ヴィッセルサポーターならば誰もが知っていることだけに、その河本をものともせず高さで勝負できるルーカス ポドルスキの能力の高さは、これぞワールドクラスということなのだろう。その河本の明らかなハンドが反則ととられなかったことでデビュー戦でのハットトリックという偉業はならなかったが、ルーカス ポドルスキが本物のであることは誰もが認識した。試合後に田中(英)が漏らした「改めてすごい奴が来たんだと思った」という感想は、サポーターを含む全てのヴィッセル関係者の声でもある。本人も認めるように、まだコンディションは100%ではない。それでもああいった結果を残してしまうのだからか、この先コンディションが整った時点ではどのような結果を残すのか考えただけでも楽しくなってしまう。この試合の活躍は、文字通り全てのメディアが取り上げている。
次戦以降、ルーカス ポドルスキへのマークが厳しさを増すことは間違いない。中にはファウル覚悟で止めにくるチームも出てくるだろう。しかしそれすらも軽々と乗り越えてしまうのではないか。そう言いたくなってしまう程の能力の高さを見せつけてくれた。ヴィッセルだけではなく、Jリーグそのもののサッカーを変えてしまいかねない破壊力を持ったドイツの至宝に歓迎と尊敬、そして感謝の意を込めて文句なしの一番星。
