あれは小学校からの下校中の出来事やった。
突然右後方から飛来したカラスが、わしの横を歩いてた喜十郎の耳を喰いちぎりよったんや。
何たる不幸!
わしは喜十郎の痛がる姿を見てそう思た。
しかしホントの不幸は耳が痛いことやない。
痛みは何日かしたら消え去るが、カラスに喰われた耳は元通りにはならんという状態や。
耳が無くなったら聴力も落ちるやろうし、それよりも何よりもカッコ悪い。
その後、耳の傷も癒えて登校してきた喜十郎に
「災難やったなぁ、耳失くしてしもて。
あのカラス捕まえて羽根むしっても耳にはならんやろしなぁ、、、」
と、わしは声をかけた。
なにげなく言ったわしのその言葉を聞いて
『耳を作ればいいんだ!』と、喜十郎は考えついたんや。
幸いにも隣家のおじいさんは村一番の陶芸家やったんで、喜十郎は早速弟子入りしよった。
そして何年か修行したのち、完璧なセラミック耳を作ることに成功しよった。
しかし、陶器だけにちょっと強く耳掃除しただけで割れてしまう。
も一度作っても、やっぱりちょっとした衝撃で割れてしまう。
そこで喜十郎はセラミックを諦めて木を選択した。
幸いにも斜め向かいに彫刻家がいたんで、
今度はその人に弟子入りして何年か木彫の修行を積み、
完璧な木製耳を作り上げよった。
しかし、今度はシロアリが耳に引っ越してきたんで
シロアリ駆除業者に頼んだら、強烈な薬品を吹き付けられて
喜十郎自身が危うく死ぬところやった。
その後の喜十郎は家から一歩も出なくなったんで、
絶望して鬱になったんかなぁって皆で噂してた。
それから何年か過ぎたある日、
柔らかいええ耳をした喜十郎が皆の前に現れよった。
新しい耳はゴム製やった。
その何年間、喜十郎は自宅でチューインガムを噛んで
口の中で耳を作る技術を開発しとったんや。
ガムなら、破損してもすぐに新しい耳を作ることができる、
歩きながらでも、車に乗っててもできる!って考えたんやな
喜十郎のこの技術はそれまでにない凄いものやった。
耳だけでなくいろんな形を自由自在に作れるんや。
そして、いつの間にか喜十郎はガム彫刻の創始者となり、
ニューヨーク近代美術館にも作品が展示されるまでになった。
ヤンキースやメッツなどのニューヨークの野球選手が
試合中にガムを噛みながらプレイしてるんは、
喜十郎に対するリスペクトの表れらしい。
喜十郎も立派になったもんや。
すべてあの耳喰いカラスに出遭った不幸のおかげやな。
と、考えるとあの出来事はホンマに不幸やったんやろか?
カラスに耳喰われたという出来事を客観的に考えてみると
頭部の一部分がなくなっただけや。
散髪したんと似たようなもんや。
違うんは痛いか痛くないかぐらいや。
痛みなんてそのうち消えるんやから、
長い目で見たら幸運が舞い込んだと考えることもできる。
現在『世界一のソムリエ』と呼ばれてる人も
幼い頃にカラスに耳喰いちぎられて聴力が低下した代わりに
味覚と臭覚が発達した、との噂も聞いたことある。
再生医学の世界最先端として注目されている○○大の教授も
「カラスに喰いちぎられた耳を取り戻したい」が
あの技術を開発したきっかけやったというのは有名な話や。
同じようにカラスに耳喰いちぎられても
「耳が無くてかっこ悪い」って言って
残りの人生を完璧に消極的に過ごしてる奴らもいるやろう。
こいつらは不幸や。
つまり、カラスに耳喰いちぎられた時点では、
それが幸か不幸かわからんのや。
人間生きてるとカラス以外にも毎日いろんなことに出くわす。
その度に「今日はラッキーや」とか、「今日はついてない」とか口にする。
でもな、出来事それ自体には、良いとか悪いとかはないんや。
つまり、この世の出来事はすべてが考え方によって、ラッキーにもブルーにもピンクにもなるっていうことや。運が悪いって落ち込むんは、そいつ自身の考え方が悪いんや。
わしなんか、乗ってた飛行機が空中爆発した時も、
タダでスカイダイビングできてラッキー!
このまま海に落ちたら海水浴できてラッキー!
山に落ちたら山菜摘んで帰れるんでラッキー!
って喜びながら落ちて行ったもんな。
