Cats Whiskers文庫

Cats Whiskers文庫

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 人の命を軽視し、目的の為なら手段も問わない。

 使えないと判れば例えそれが仲間だとしてもすぐに切り捨てる。

 ディロ・エリウムはまさにそういった部類の人間である。

 『仕事』で必要となれば恨みの無い人間に対しても平気で引き金を引く。

 『仕事』の邪魔であると判断すれば、数刻前まで仲間だった人間だろうと平気で切り捨てる。

 その行動に悪意や憎しみの類いは含まれておらず、あくまでも仕事だからそう振る舞っているにすぎない。

 時折武器を片手に立ち向かってくる人間も居たが、その程度の障害など取るに足らない手間でしかなかった。

 故に、彼にとって人の命など大した物ではなかった。

 故に、効率のみを優先した選択を常に選んできた。

 だからこそ、一人の人間に拘泥することも、わざわざ意味も無く戦いを求めたりもしない。

 執念深い訳でも臆病な訳でもない。

 ただ単純に『非効率』だからだ。

 「フェン・グライト……」

 だからこそ彼は、内心驚いてもいた。

 まさか自分がたった一人の人間に対してこれまで執着し、わざわざ再戦を挑みたいと思っていた事に。

 視界の先に居る見慣れない機体。

 ハーフブルートの代替品の類いなのだろうが、それを操るオペレータ-が目的の人物であると調べはついている。

 こうもわかりやすく胸が高鳴るのは何年ぶりだろうか。

 クリスマス前夜の子供でもここまで胸が高鳴る事は無いだろう、それ程にフェンとの再戦が楽しみだったのだ。

 過去の僅かな戦闘でも経験しているあの卓越した操縦技術、そして超一流の戦闘技能。

 それを有する相手ともう一戦交える事が出来る。

 試したい、己の技術を。

 試したい、あの女の技術を。

 本気で噛みついても簡単には壊れない相手、故に全力を出す事が可能な相手。

 それが目の前に居る、それだけでディロの思考はこれまでにもなく高ぶっていた。

 戦いの始まりは唐突な物だった。

 素早い動作で引き抜いた散弾銃をベトレイヤーが放ち、それよりも一瞬素早くライカンスロープは地面を蹴り回避。

 一瞬前まで赤黒い機体の居た場所が土埃に隠れ、代わりに蜘蛛の様に壁に張り付いたその陰が壁を蹴って加速。

 素早くはあるが直線的なその動きに対しディロは素早く照準を合わせると引き金を引くが、放たれた弾丸はライカンスロープの脇を通り抜ける。

 狙いを外した訳ではない。

 直線的な動きを見せていたライカンスロープの軌道が、突如変化したのだ。

 地面を蹴った訳ではない、そもそもその機体は空中を舞っており四肢をどれだけ動かしても空を搔く事しかできない筈だった。

 「――面白い!」

 あまりにも不自然なその動きを可能にしたのは、ライカンスロープが備えた長い尾である。

 一見すればただの装飾にしか見えないそのパーツだが、スタビライザーとしてのパーツを空中で振り回すことで重心を動かし器用にその軌道を変化させたのだ。

 ディロの銃撃のタイミングを完全に先読みした回避行動、まさに神業とも呼べる身のこなしを披露したフェンは、そのままの勢いでベトレイヤーに飛びかかる。

 緊張により引き延ばされた刹那の永遠、ディロは咄嗟の判断でその攻撃を銃身で受け止め、受け流す。

 薄暗い建屋内に火花が飛び、両機の姿が瞬く。

 重厚な金属音が反響する室内で、ベトレイヤーを蹴り上げたライカンスロープは空中で、逆にベトレイヤーは地面を転がる様に身を捻り、瞬時に近接戦闘の構えを取る。

 一拍の後ねじ曲げられた散弾銃が半ば崩れた壁にぶつかり、鈍い音を響かせる。

その音が合図となった。

 重心を極端に落とす独特な構えを見せていたライカンスロープは、地面からすくい上げる様な回し蹴りを放つ。

 短い破裂音の様に空気が鳴き、虚空が占めていた空間を鋼の足が突き抜け、ベトレイヤーの顔面へと迫る。

 普通の相手ならこれだけで労せずに倒す事が出来ただろう。

 だが、ディロも相当な手練れだ。

 彼は迫り来る攻撃を冷静に見切ると素早く腕を上げてその攻撃を受け止め、更にスラスターを逆噴射することで体を動かして衝撃を適切に受け流す。

 更に、手首を素早く捻ると受け止めたままのその足を掴んで反撃の姿勢を見せたのだ。

 「へぇ……」

 少しだけ驚いた様子を漏らしながらも、フェンは逡巡すらなく次の手を繰り出す。

 ライカンスロープは腰を素早く捻ると、残った足を振り上げ、ベトレイヤーの首を両足で挟む様に蹴りつけたのだ。

 だが、それよりも早くベトレイヤーは動き、迫り来る足を受け止める。

 ベトレイヤーは両手を塞がれ、ライカンスロープは両足と回避行動を塞がれた状態。

 共に一歩も引けず、次の行動も塞がれた僅かな膠着状態。

 だがそれはフェンにとって仕込まれた時間だった。

 重力が慣性を吸収し、不安定な姿勢の機体が地面へと落ち始める直前、ライカンスロープは開いていた右手を突き出す。

 その手に握られていたのは先ほどから使用していた拳銃だった。

 ハーフブルートと異なり内蔵武装が無いライカンスロープの為、補助的に持ち込んでいたその拳銃、その銃口が火を噴くその直前その銃身は弾かれ宙を舞う。

 「……!」

 フェンの攻撃を防いだその一撃、それはベトレイヤーの備えたハープーンだった。

 進路がそれた投射部に振り回され、蛇の様にワイヤーが暴れる室内でベトレイヤーはライカンスロープの体を地面へ叩きつける。

 自重と重力が牙を剥く、機体の重量を利用した必殺の一撃。

 まともに食らえば必死のそれは炸裂し、大量の土煙が室内に広がる。

 しかし、フェンは地面へと叩きつけられる瞬間咄嗟に身を捻り、片腕とスタビライザーとして備わった長い尾で衝撃を使い受け身を取っていた。

 更に、フェンは上半身を……いいや、正確には下半身のひねりを戻しながら再度蹴りを放つ。

 空中で放たれるソレとは違い、曲がりなりにも地面に体重を預けた状態で放たれるその攻撃は威力が高かったのか、ベトレイヤーは衝撃によろめき、そのまま後ずさりながら少しだけ距離を置いた。

 「正直な事話そっか。 私さ、あんたの事嫌いじゃないよ」

 戦いの合間に紡がれた短い言葉、それは皮肉や冗談にも聞こえるが、それは言葉通りの素直な感想だった。

 ディロという男の素性は知らない、だが競技場の一件や今回の出来事を考えるに、少なくとも日向を堂々と歩ける人間ではないのだろう。

 だが、それ故にフェンは彼に対して親近感を抱いているのも事実だった。

 詰まるところ、今でこそこうやって『正義の味方』を気取っていられるが、彼女とて生まれや育ちはディロと大差ない筈だった。

 戦災孤児であった彼女は、物心ついた頃にはゴミを漁り盗みを繰り返して生活していた。

施設に拾われてからも読み書きは出来ず、生まれた環境故か、同じ境遇の仲間とも喧嘩の絶えない日々を送っていた。

 運良く彼女を家族として迎え入れた恩人、トール・グライトの存在があったからこそ彼女は教養を身につけ、己の喧嘩早い性格をコントロールする術を身につけた。

結果、競技者として彼女はある程度の成功を収め、慎ましくはあっても決して貧しくはない生活を送る事ができたのだ。

 そんなフェンとディロの違い、それは己を信じ側にいてくれた人間の有無位だろう。

 誰かに施されたことが無い、故に誰にも施さない。

 愛情やぬくもりと呼ばれる其れ等を知らないが故に、己の為だけに、ただ利己的な生き方しか選択できず、犯罪に手を染めねじ曲がった思想と共に薄暗い世界に身を置くことしか出来なくなっていたのだ。

 もし、彼に手を差しのばす人間が居たのなら未来は大きく違っていた筈だ。

 ディロがNESTに所属し共に任務をこなす、そんな事だってあったかもしれない。

 「あんたの今までの生涯がどんなんだったか私には判る。 多分、私だって元は似たようなものだからさ」

 先刻とは少しだけ違う構えを取りながら、フェンは続けた。

 「多分あんたと私の違いは、ちょっと運が良かったかそうじゃなかったか、その程度の事だと思う。

だから、私があんたを止めてあげる」

 ライカンスロープが繰り出した攻撃は素早かった。

 一瞬で重心を落とすと同時に地面を蹴って距離を詰め、すかさず繰り出された素早い右ストレート。

 威力よりも素早さを優先した一撃はベトレイヤーの胸部に向かうが、同じく驚異的な反射神経で繰り出されたベトレイヤーの腕がその肘を叩き、進路を切り替え、開いている方の腕で空気を裂きながらボディブローを繰り出した。

 「フェングライト!!」

 罵声と共に繰り出される一撃を身を捻ることで回避すると、フェンは脇腹の側を抜けた腕を掴み、左手でベトレイヤーの右肩を……その中に組み込まれていたハープーンを掴み力任せに引き千切ると、カウンターを回避すべく追撃を止めて距離を置く。

 通常の相手ならこのままたたみかければ十分なのだが、ディロの戦闘センスは頭一つ抜きん出ており、これ以上の追撃は危険だと判断した故だ。

 改めて近接戦闘を行ってみてディロの技術にフェンは面食らっていた。

 いくらベトレイヤーが優れた機体とは言えキャンサー機の範疇だ。

 そしてスクリプトが優れた操縦インターフェースと言えど、これも『ニューラルリンク以外では』という但し書きが付随する。

 だが、このディロはそういったハンデを物ともせず、寧ろフェンが明確な危機感を覚える程の勢いで連撃を繰り返しているのだ。

 彼が違法な犯罪行為にのみ、この技術を使っているこの事実が素直に悲しくてしょうがない。

 彼が真っ当な競技者として戦っていたのなら、間違い無く多くのファンを引き連れたスター選手となっていただろう。

 彼がプレリュード班に在籍していたのならどれほど心強かったか、ほんの少しだけ彼を取り巻く環境が違うだけで、その未来は大きく異なった筈だ。

 「名残惜しいがこれまでだ」

 崩れていた重心を取り直したベトレイヤーの右腕には、見覚えのある武装が握られていた。

 「――いつの間に!」

 愕然とするフェンの視界の先にあった銃は、この現場に急遽持ち込まれた試作兵器であるレーザー銃、『ファントム』だった。

 フラジールの電磁装甲対策として持ち込まれたこの銃は、その出番に備えてライカンスロープの汎用マウンタに固定されていたのだが、どうやら先ほどのもみ合いの際に奪われていたらしい。

 ライフリングが存在しない銃口の先でフェンは咄嗟に身を捻り物陰に飛び込むと、刹那の瞬間、先ほどまで居た場所の背後で爆発的な白煙が舞い上がる。

 一見するには只の水蒸気にも見えるが、それは高出力のレーザー照射の熱量により昇華した鉄骨だった。

 「ルミオ、武装ロックお願い」

 使いかけの蝋燭の様な姿になった鉄骨余所に、フェンは奪われた武装のセキュリティロックを要請するが、短い沈黙の後に帰ってきたのは冷たい声だった。

 「ファントムのセキュリティロック失敗、使用権は全てベトレイヤーに譲渡されていまいす」

 「はぁ!?」

 「スクリプトによって制御プログラムがオーバーライドされた可能性があります」

 「……使えねぇ」

 「すみません」

 ぶつくさとぼやきながらも、フェンは次の手を伺う。

 固定式のそれに汎用バッテリーと急ごしらえのフレームを組み合わせ、無理矢理携行可能にしたその武装は、本来実践向きとは決して呼べない物だ。

 だが、威力は先ほど見たとおり、小型ながらフラジールが備えるそれとほぼ同等の威力を誇る。

 広い空間で動き回れるのならまだ良いのだが、動きの制限がある屋内となると文字通り光の速さで放たれる攻撃を避けることは非常に難しく、先ほどの一撃とてギリギリで回避できたのが奇跡の様な物だ。

 援軍が期待できるたり相手が素人なら話は別だが、この状況下で全ての攻撃を避けきり反撃に転じるのは不可能だろう。

 ならば――

 

 

 

 

 

 『繊細』や『儚い』そんな意味を冠するフラジールの攻撃は、その名とは相反する苛烈を極めたものだった。

 アーキオーニスとアイギスを見下ろす位置から降り注ぐ攻撃に建屋には次々と拳大の穴が穿たれる。

 その攻撃を可能にしているレールガンの弾速があまりにも早すぎるが故か、大穴が開く瞬間を目で追うことは出来ず、コマ飛びした古い映像を見ている様な非現実的な光景が繰り返されていた。

 「あいつ考えなしな攻撃を――」

 いつもどこかに余裕を滲ませるグレイグにしては珍しいどこか悲鳴じみた声を余所に、ジルコも高速回転する思考の中次の一手を考えていた。

 元々アーキオーニスの装甲性能はそこまで優れていない。

 それは純粋に機動力や取り回しの良さを優先した設計による所もあるが、単純に汎用量産型の無人機である特性上、半ば使い捨てに近い運用を想定された機体であるところが強い。

 もとより、これほどの攻撃の直撃を受けた場合致命傷を負うのは、アーキオーニスに限った話では無い訳だが――

 「まだ潰れんなよ、ロートル」

 「おまえさんは少しは年寄りを敬え」

 己の軽量さを十二分に生かして素早く不規則な動きで地面を駆け、時折転がり、素早く伏せ。

 襲い来る攻撃を紙一重のところで回避しながら、ジルコは抱えていた銃を構える。

 だが、その銃口がフラジールへと対峙するよりも早くレールガンがこちらを補足したことに気づき、地面を転がって回避する。

 間一髪回避そのものは追いついているが反撃の余地は全くないのが現状だ。

 一方防御力に特化したアイギスはその頑強な装甲と盾を生かし、斜に構えた盾をかざすことでレールガンの直撃に耐えている。

 時折耳をつんざく金属音と共に火花が散り、本来比類無き強度を誇るアイギスの盾に深々と傷が刻まれていく。

 グレイグが機転を効かせ、敢えて盾を傾けているので事なきを得てはいるが、まともに盾を構えていたらこの装甲でも易々と貫かれていただろう。

 ジルコの様に動き回らない分多少の余裕があるグレイグは、牽制の意味も兼ねて時折マイクロミサイルを放ってはみるが、その全ては宙を舞うその機体に届くよりも早くレーザーによって迎撃され、空しい小爆発と共に空中で霧散していく。

 互いに損害が出ていないとはいえ、拮抗しているとは言えない戦力差。

 時間が進むにつれ間違い無く戦いが降りになる焦りを覚えながらも、ジルコは静かにその時を待っていた。

 一方的に蹂躙されているだけ、ただ時間稼ぎをしているだけの現状。

 だが、それで良かった。

 「攻撃を開始します」

 ジルコとグレイグの会話に割り込む涼やかな声、それはフィルコのバディであるフランカの物だった。

 通信が繋がったそれとほぼ同時に明後日の方向から雷撃の如き一線が走り、遅れて衝撃波と破裂音にも似た音が突き抜ける。

 テレグノシス専用武装、F-115フレシェットライフルによる一撃である。

 圧倒的すぎる速度で突き抜けた超高速特殊弾頭、音速すら鼻で笑う程の速度で空を突き進むそれにとっては、フラジールの動きなど木を這うナメクジと大差ない。

 遠距離から放たれた槍状の弾丸はフラジールの左レールガンに着弾、そのまま細いフレームを突き抜けると、一切の減速もなく明後日の方へと抜け、遅れて根元からねじ切られたレールガンが地面へと落下する。

 その動きはあまりにも速すぎて、傍目には突然レールガン単体が爆ぜた様に見えた。

 「フランカちゃん、上もなかなか無茶な事言うと思わない? 生かすか殺すかしか選べない狙撃手に対して『傷つけずに相手を止めろ』ってさ」

 廃墟の中でも比較的背の高い建物の上、何の変哲も無いその虚空が突如歪み混じり合う。

 まるで精巧な絵画を指で撫で回し、生乾きのインクを出鱈目に混ぜ合わせている様な光景。

 歪んだ色彩から彩度が失われ、作られた虚構の奥に隠れていた物が、狙撃特化型スティールヘッド、テレグノシスが姿を現す。

 「だから下準備に時間がかかったのはしょうがない事だと思わない?」

 テレグノシスの武装ならフラジールの防御を破る事も、素早く動き回るフラジールの武装のみを精密射撃することは可能だ。

 だが、現実は一つの問題が立ちはだかる。

 それがフラジールの攻撃能力の高さである。

 いくら精密射撃性能に長けているからと言え、防御やスピードにおいて著しく劣るテレグノシスがこの戦場に躍り出るのはあまりにも無防備すぎる。

 だからこそフィルコはテレグノシスに備わる高性能なステルス機能を使用して狙撃地点へと侵入。

 とはいえ狙撃に特化したテレグノシスにとってそれだけなら大して問題ではない。

 だが、問題は光学迷彩を射撃の瞬間まで解けない事だった。

 通常テレグノシスの光学迷彩は、あくまでも狙撃地点への移動や敵機に補足された際の待避時の使用が想定されており、高いステルス性能との代償にテレグノシスは、光学センサー以外のセンサー及び通信機能に制約がかかる。

 当然、本来の狙撃支援に利用している観測衛星からの照準補正などの機能は全て使えないのだ。

 あくまでもフラジールを迎撃するだけならこの程度の制限は大した問題ではなかったが、中に乗っている人間を傷つけずに精密射撃を行うとなると、それは想像を絶するほどの手間と時間を要する。

 「使えるセンサーは光学センサーのみ、風の動きも湿度も気温も全て映像解析のみで得た情報、更に敵の行動予測パターンまでスタンドアロンで処理する必要がある。

 ステルスの使用限界ギリギリで解析が間に合ったから良かったけど、まぁそこはフランカちゃんが頑張ってくれたおかげかな」

 「次弾の装填び予想弾道の補正完了しました」

 フランカの言葉に続き、テレグノシスは次弾を発射。

 放たれた弾丸は首をもたげていたレーザー照射器を正確に撃ち抜く。

 この距離から連続で命中させるだけでは無く、正確に武装のみを正確に撃ち抜く神業を見せながらも、緊張により引き延ばされた時間の中フィルコは三発目を薬室へと送り込む。

 だが、そんな永遠にも感じる僅かな時間、フィルコは残ったフラジールのレールガンがこちらへと向いている事に気づく。

 「次弾の装――」

 それはフランカの宣言よりも早かった。

 フラジールが放った弾丸はテレグノシスの左大腿部を貫き、衝撃と左足の出力低下によって巨体が大きく傾く。

 「被弾しました」

 「――まぁそう来るよね」

 重心を動かし咄嗟に転倒を免れたテレグノシスだが、その胸部を二発目が貫き、大きくのけぞったまま機能停止。

大きく穿たれた胸部からは一拍おいて大量の冷却液が噴き出し、ゆっくりとその体が倒れ込む。

 その最中にも第三射が襲いかかり、ダメ押しとばかりにテレグノシスの右肩を貫く。

 隠れる必要も無ければそれほどの精密射撃も要求されない、とりあえず体のどこかに被弾させる事が目的となれば、それはフラジールにとっても容易な事だ。

 一撃でフラジールを仕留める事が出来なかった地点でこうなる結果は見えていた筈だ。

 寧ろ、テレグノシスの攻撃ははじめから『一撃で仕留めてしまわない』を要点において放たれた物、つまりはこうなる結果をはじめから知った上でフィルコは攻撃を仕掛けたのだ。 

 それはつまり――

 「よそ見は感心できないな」

 立て続けにレールガンを発射するフラジール、そのシルエットに正確に照準を定める影があった。

 「意散漫はあまり感心できんぞ」

 テレグノシスによる狙撃、それは確かに切り札の一つではあるが、同時に陽動の一つでもあった。

 遠距離からの強力な攻撃、それはフラジールの注意を引くと同時に、アイギスやアーキオーニスから注意を逸らす目的もあった。

 先ほどまで防戦一方だったアイギスは両手で銃を構えると、その無骨なシルエットに似合わない精密な動作で照準補正、空を引き裂く様な轟音と共にフラジールに残されていたもう一つのレーザー照射装置を撃ち抜く。

 更に――

 「空が飛べるのはおまえだけの特権じゃねえんだよ」

 上空高くを浮遊していたフラジール、その背後に漆黒の陰が、空高くを舞うアーキオーニスの姿があった。

 アーキオーニスは元々汎用性を重要視して設計された機体ではあるが、その機体が『始祖鳥(アーキオーニス)』の名を冠しているのは、ユニットの交換で簡易的な飛行能力を有する事にある。

 そしてジルコは、その飛行能力を極限まで高めるために装備の多くを取り筈し、更には軽さのみに特化した試作武装を主兵装として選択し、この高度までの飛翔を現実の物にした。

 そして空を飛ぶ間の無防備な時間は、フィルコとグレイグが稼いだ。

 「落ちろ」

 極限まで迫った時、ジルコは掴んでいたディスポーサブルナイフでフラジール残されたレールガンを切断、更にフラジールの背中に並んでいたスラスターの一機にも追撃を仕掛ける。

 オペレーターの身を案じて敢えて追撃はせず、降下を始めたフラジールを尻目に、自身も素早く距離を取る。

 敢えて全部のスラスターを破壊していなかった為、フラジールは急降下することを免れ地面へと着地するが、その刹那アイギスが飛びかかりその体を押さえつける。

 フラジールは必死になって抵抗する意思を見せているが、流石にアイギスの拘束を逃れる術がないのは明らかで、その様子を確認してジルコは状況終了をブランドンに伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 「さて、これは困った……」

 戦闘の最中生まれた膠着状態、その中でフェンは現状を整理する。

 敵の武装はハープーンと先ほど奪われたファントム、そして恐らくではあるが隠し持ったマイクロミサイルがある。

 このまま壁を盾にして立てこもってもマイクロミサイルで壁を破壊され、その直後にファントムによるレーザー照射で確実にこちらが負けるだろう。

 一方こちらの装備と言えば、銃火器無し、近接用武装無し、スマートグレネード残弾ゼロ、残された攻撃手段は殴るか蹴るか、或いは自慢の顎で喉元に噛みつく程度という状態だ。

 こんな状況で反撃に転じる手は――

 「ん?」

 視界の隅に表示されていた装備一覧、ほぼ一面が赤く染まった文字列の中で唯一青く染まった一文にフェンは意識を向ける。

 「スモーク……」

 それはハーフブルートには備わっていない装備であり、文字通りの煙幕を発生させるためだけの装備ではある。

 ある程度敵との距離がある場合において逃走経路を確保するには有効な装備だが、流石にこの空間で使用したところでディロは正確に己を貫いてくる事は火を見るより明らかだ。

 だが、フェンはその装備が秘めた可能性に目をとめた。

 「ラヴィ、絶対怒るだろうな……」

 うまくいく保証はないが、自分の計算通りなら唯一この状況を切り抜けるその策を脳裏に浮かべフェンは少しだけ悩ましげな声を上げる。

 だが――

 「まぁいっか、これ私の機体じゃないし」

 フェンは残された装備であるスモークを起動。

 ライカンスロープの肩と胸、そして背中のパネルが一部開き、円筒形のカプセルが打ち出された。

 それらは射出と同時に大量の白煙の尾を引きながら壁にぶつかって軌道変更、各個が直線的な尾を引きながら室内を白く染めていく。

 「目くらましのつもりか!」

 「さぁ?」

 その一言を皮切りに、フェンは障害物から躍り出ると一直線にベトレイヤーへと迫る。

 いくら煙幕があるとはいえ視界が遮断された訳では無い、空気の動きに揺れる煙を頼りにベトレイヤーはファントムを全弾発射。

 煙と共にライカンスロープを撃ち抜く。

 だが――

 「こいつ……」

 白煙をに縫い止めた筈のライカンスロープは煙を突っ切り、減速する事無く姿を現した。

 攻撃が外れたのではなく、直撃したのは要所要所焼けただれたその装甲が証明しているが、明らかに本来の威力を発揮していない。

 確かにレーザーは強力な武装ではある、だがその攻撃は先ほどの煙幕によって威力が減衰しているのだ。

 更にライカンスロープはハーフブルートと異なり、レーザーに対してある程度の耐性を持つセラミック装甲を持っていた。

 故に、本来なら機体を貫通するほどの威力を持つレーザーはその力を十分に発揮できず、装甲の一部を破損させる程度の威力しか発揮できなかったのだ。

 「っ!!」

 だが、ディロも手練れである。

 彼は攻撃が失敗した事に拘泥するでもなく、ファントムを素早く投擲、ライカンスロープへの牽制として利用した。

 これをフェンは素早く身を捻り、更にフィギュアスケーターの様に素早く回転して回避すると、その僅かな瞬間で尾が宙を舞うファントムに引っかけ、遠心力を利用してベトレイヤーの顔面に叩きつける。

 「こいつ……!」

 隙としてはごく一瞬だが、それだけあればフェンにとって十分だ。

牽制の為にベトレイヤーが繰り出した拳を少しだけ上体を沈めることで回避すると、その手首を掴んで固定し、伸びきったままの肘を殴りつける。

 本来の可動域を完全に無視した動きに関節が音を立てて軋み、あらぬ方向へとねじ曲がる。

 更にライカンスロープは上半身を懐にねじ込むと、縮んでいた膝を伸ばすと同時に肘をベトレイヤーの顔面に叩きつけた。

 元々スティールヘッドは機械の体を生身と同じ感覚で扱う為の技術であり、補助的に姿勢制御機能が備わっているとはいえ、基本的な姿勢制御の殆どはオペレーターの感覚に依存するところが強い。

 それは即ち、スティールヘッドは機械でありながら、人間と同じ弱点を備えているという事である。

 しつこく繰り返される頭部への攻撃、それはベトレイヤーにとっての繰り返しの視界不良という結果に繋がり、防御行動の阻害に、そして姿勢制御すら危うくなる事に繋がっていた。

 だが、ディロも相当な手練である、不安定な姿勢の中無事な腕でライカンスロープの肩を掴むと力任せに引き寄せ、同時に膝蹴りを繰り出す。

 破裂音にも似た衝撃で部屋の中が震え、もつれ合う様に二機が地面へと倒れ込む。

 更に……

 「グライト!!」

 獣の様なディロの声と共にハープーンが至近距離で放たれ、ライカンスロープの胸部に突き刺さる。

 「機体への深刻なダメージを検知、出力低下します」

 「んなもんかすり傷だっ!!」

 視界の隅に大量の非常警告が表示される中フェンは悲鳴を上げる機体に鞭を打つと、胸に刺さったハープーンの先端を抜き取る。

 「冷却器の圧力低下、ジェネレーター危険温――」

 「あんたは黙ってて!」

 怒鳴り散らしながらもベトレイヤーの上に跨がるライカンスロープ、その胸部からは血の様に赤い冷却液が噴き出し、下敷きになったベトレイヤーの体を染めてゆく。

 機械の戦いではない、人間のそれとも異なる。

 獣じみたその顔面に放たれたベトレイヤーの拳を敢えて口を開けて受け止めると、鋭い牙で食らいつき、ハープーンの先端を振りかざす。

 「私はやられたらやり返す主義なの、だからこれはこの間の仕返し――」

前身の力を込めてベトレイヤーの首へと突き刺す。

元々鋭く加工された先端は装甲の薄いところを突き破り、その刀身を半ばまで食い込ませる。

 更に――

 「そしてこれは、私の家族を傷つけた分だ!」

 出力が急速に落ちる中、渾身の力を込めて打ち込まれた掌底が追加で打ち込まれた。

 ベトレイヤーの首に刺さっていたソレは完全に主機ケーブルを切断、ビクリと一瞬だけ震えた後、その巨体はピクリとも動かなくなった。

 そして、計った様にライカンスロープからも前身の力が抜け、糸の切れた人形の様に倒れ込み、その機能を完全に停止した。

 

 

 

 

 

 作戦開始から2時間強、NEST第5実働試験課、通称プレリュード班は武装組織が保有する全キャンサーSH及びNEST試験機の全機無力化を確認。

 作戦終了後速やかに投入された軍のSH部隊及び歩兵部隊により速やかに残存勢力を制圧、更に敵勢力の機密情報の一部を回収。

 加えて奪取されていたアンドロイド、スレイも発見、ハードウェア面での破損は著しかったものの幸いな事にソフトウェア面での破損は無かった。

 プレリュード班の機体は2機が大破。

 その他プロトタイプの装備の破損も確認されたが、今回の作戦の規模としては成功と言って良い成果である。

 敵勢力の意図は不明だが、本拠地は叩いた。

 これでこの騒動は終焉に向かう。

 一連の作戦に加わった人間の多くはそう確信していた。

 そんな中特段抵抗も見せずディロが投降し、速やかに拘束されたという。

 

ボトルからこぼれた一滴のインクの様に。

 小さくはあるがその中に大量の混乱を孕む情報が落とされたのは、それから程なくしての事であった。