本州中部にあるフォッサマグナは、日本列・島を真っ二つに分断する「地質学的な溝」である。 

フォッサマグナはラテン語で「大きな溝」を意味し、1886年(明治19年)にドイツ人地質学者エドムント・ナウマンが発表した論文で初めて、その名称が記載された。



溝は既に埋もれ、地形からその面影を感じるとるのはなかなか難しい。 

フォッサマグナの西縁は、糸魚川-静岡構造線と呼ばれる、糸魚川から長野県・山梨県を経て静岡市内に続く延長総約250kmの断層と考えられている。 

いっぽうの東 縁は、諸説あり定かではないが、

新発田ー小出構造線と柏崎千葉構造線に挟まれた地域とするのが一般的だ。 

フォッサマグナの中央付近には、新潟焼山、妙高山、黒姫山、八ヶ岳、富士山、箱根山などの火山が並んでいる。 



そして、関東山地を境にして北の北部フォッサマグナ、南の南部フォッサマグナに分けられる。 

約2000万〜1500万年前、日本列島のもととなる島々が大陸から分離し、そのあいだに日本海が形成されていった。
これらの島々が大陸から分離し、その間に日本海が形成されていった。これらの島々のうち西半分(西日本側)は反時計回りに回転するように動き、中央付近が引き裂かれるようにして非常に深い溝が出来た。

この溝は太平洋と日本海をつなぐ海(フォッサマグナの海)となり、深さは数百〜数千mにも達した。

 長野では長野市や上田市にも含まれ、松本市が西のキワに当たる。 

 フォッサマグナの海には、長い月をかけて、土や海底火山の噴出物が積もって地層を作っていった。
深い海が、徐々に設置されて陸になったのである。
実際、フォッサマグナ内部の岩石が約2000万年前以降の比較的新しいものである事も、こうした歴史を確かに物語っている。
また、一帯がかつて深い海の底だった痕跡として、フォッサマグナ地域からは海洋生物の化石が豊富に発見される。

松本市北部の四賀地区(当時は四賀村)の約1500万~1300万年という海底堆積物が少ない時代の地層(別所層)からは、シガマッコウクジラ(世界最古のマッコウクジラ)の化石が発見された。区は、県内の海洋乳類化石の産出地で、ほかにシナノイルカ(世界最古のマイルカ類)やアシカやトドの仲間(鰭脚類)であるシナノアロデスムの頭骨なども発見されている。これらは、松本市四賀地区にある松本市四賀化石館で見学可能だ。
長野県北西部にある戸隠連峰は、戸隠山(標高1908m)などの山々が連なる背が高い険しい山岳地形である。この戸隠連峰ではシナノホタテ(ホタテガイの仲間で絶滅種)などの貝化石が多数産出される事で知られている。かつて戸隠地域では、この貝化石をトリのエサに使ったという。
戸隠連峰から貝化石が産出されるのも、かつてここがフォッサマグナ海の底であったからにほかならない。このあたりは新第三紀鮮新世(約500万~400万年前)の海底火山の噴出物などが堆積して出来た、フォッサマグナとしては新しい地層からなる。この地層が、激しい地殻変動によって大きく盛り上がり山々を形成した。

 参考文献:

長野のトリセツPart1「地図で読み解く長野の大地」より