姿、形が見えない事をいいことにして、

大仰な口振りの方がいる事を、

私はとても残念に思います。


お釈迦様も「占いをしてはならない」

と言ってはいますが、複雑化した

現代では、一寸先が闇のような

状態です。

何かにすがりたいという、心情を理解して、

相手の気持ちに寄り添う事が本当に

大切な事なのです。


「占いはダメ❗️」と突っぱねたと

しても、誰も相手にはしてくれません。

そのような方はまず、鏡に向かって

話してみる事です。

神道ではそれを「自礼拝」と言います。

他人や物事にばかり目を向けているようでは、

修行が足りていないのです。


ましてや、80歳、90歳の高齢者は

戦時中の体験しか持ち合わせて

おらず、現代には対応できていません。


自分を神だと豪語するからには、

まず、奇跡を起こしてから

言うべきもの。


「阿闍梨は黙って法を磨け」

と僧侶の世界ではそのような

話しがありますが、神様ならば、

黙って法に従い、人々を導いて

いって欲しいと思います。



「ライトワーカー」位に

止めておくのが無難では

ないでしょうか?



もし神になるとしたら、

死後、1000年位してからが

本当のところだと思います。

私も死後、高野山で1000年間、

永代供養をして頂けるように

なりました。


来世ももう一度人間に生まれ変わり、

沢山の人々の心に寄り添えるような

聖者になりたいと、常々思って

おります。


また、神(阿羅漢)になると、もう

来世はありません。

来世が無いという、

それを自覚していない人間は

神を名乗る資格等無い事を、

一言付け加えておきます。


生かせ命。

南無大師遍照金剛 合掌。






やはり神様は神社に現れる。