熱海には昭和の雰囲気が濃厚に残っていた。
宿の道路の向かいには干物やさんがあって、そこではどうやら立ち呑みができるみたいで
外国人も日本人も観光客が楽しそうに昼間から酒を飲んでいるようだった。
私たちが泊まった宿は創業が昭和45年だという。数年前にリノベーションされたらしい。
とても良い意味で、創業当時の雰囲気がまるまる残っていて、でも清潔で、気配りが行き届いた居心地の良い宿だった。
畳の部屋に敷かれたお布団はシーツがパリッとしていて、用意されているお茶はすっきりとした美味しい静岡茶だったし
小さいけれど、掃除の行き届いたお風呂はレトロなタイルが素敵で、銭湯にあるようなケロリンのオケがあり、部屋からは海が見えた。
チェックインして、部屋のお布団の上でゴロゴロしていたらあまりに気持ちが良くてどこにも行きたく無くなってしまった。昼に食べた海鮮丼でお腹もまだいっぱいだった。
夜になって、熱海の街の明かりがキラキラし始めた頃、やっと重い腰を上げてビールでも買いに行くことにした。
小雨が降っていて、昼間あんなに賑わっていた商店街はシャッターが降りてガランとしている。
誰も歩いていない。
でも、風が生暖かいせいか、温泉街にいるせいなのか妙に高揚した気分になる。
お蕎麦屋さんの建物が江戸っぽくてかっこいいなあとか、温泉まんじゅうのお店の看板がガツンとくるインパクトだなあとか、そんなことを思いながら歩く。
コンビニに立ち寄ると、浴衣を着たカップルなどが結構いた。
首筋や足首から、石鹸や温泉の匂いがしてくるような、懐かしい昭和の気配だった。
薄暗い路地に、ガチャポンの店があって、息子はあるガチャポンをどうしてもやりたかったらしいのだけれど
100円玉が足りずにできず、悔しそうにしていた。
通りすがった店の水槽に鯵が泳いでいた。
サンディエゴではお目にかかれない魚、鯵!ああ、鯵のたたきが食べたい。鯵寿司が食べたい。生姜がキリッと効いているやつ。ご飯と味噌汁と漬物と鯵があれば私は幸せだ。
息子は、たいてい旅行に出かけると早く家に帰りたいと思うのだけど、今回はそんな気持ちにならない。と明るい顔をして言うので私は嬉しくなった。
懐かしさを誘う熱海、ここに息子と来られて幸せだなと思った。