夜9時40分。空には満月が登っている。
でも、西の空はまだ夕焼けの名残があり、東の空はこの通りの明るさだ。
まるで、ルネマグリットの絵のような光景。
ベルギーは、サンセットが9時53分だそうだ。英国は9時17分。
ルネマグリットは、シュールレアリストの画家として有名で、あり得ない光景を描く画家のはず。
「光の帝国」という、作品では、灯りの灯った夜の家が樹々に囲まれており、その樹々の上に広がる空は、白い雲の浮かんだ青い空だ。
それは、不思議な光景。
でも、ベルギーを旅したり、英国に暮らしていると、必ずしも、彼の描く世界はありえない風景ではないと思えるようになってきた。
あの、妙に明るく澄んだ空の色。夜のはずなのに、明るい空。
それは、実際にそこにある空や風景だった。
非現実的な景色だと思っていたのが、現実的な景色や色だと知ったときには驚いた。
ヨーロッパの画家の描く景色が、日常生活で見る景色と重なると、ああ、これだったのだと急にしっくりくることが多くなった。
草原の柔らかな緑の中に、赤いヒナゲシが揺れている風景や、ポプラ並木。窓際のジェラニウムとその外の空気の色など、この土地で生活していないとその空気や、匂いや生活が伝わってこないのだと気がついた。
それは、日本画家の描く風景に、私たちは、匂いを感じ、光や風を感じ、それが現実に近いということを知っている。のと似ている。
絵でみた風景が、急に現実味を持って存在しているのを発見するのは、不思議で静かな興奮を引き起こす。
これに似た経験は、以前にもしたことがある。
Dr Seuss というアメリカの絵本作家の作品は、多分アメリカでは子供の本として、一番浸透して愛され続けている。Cat in the hat や Glinchは、映画化されているし、Green eggs and hamを読まずに子供時代を過ごすアメリカ人は存在しないだろう。
彼の描く木や植物は、荒唐無稽とも思える不思議な形をしている。
私は、彼の描く世界は想像の産物だと思っていた、、、。サンディエゴに引っ越すまでは。
彼は、サンディエゴで暮らし、創作活動をしていたのだが、そこには今まで見たこともない不思議な植物が沢山あって、私はそれらをドクタースウスの樹とよぶようになった。
想像力よりも、現実の方が、摩訶不思議ということか。
それとも、私の現実の認識が、狭くて浅いのか、それはわからない。
不思議な現実をすんなり受け入れて、それを楽しむ。そんな柔軟性はいつも持っていたいなあと思うのだった。