朝日新聞 社会面 https://www.asahi.com/articles/DA3S13314774.html

まず「成人の日」とはなんぞや、です。

2000年までは、成人の日の祝日は1月15日。
1976年のその日、20歳の私はもうすでに「成人」していた。
15歳から従業員として働き、自分の食い扶持だけでなく
家族の生活も私の薄給で支えていた。
もちろん、税金や社会保険料も収めていた。

成人式出席?
そんな考えもなかった。
同年齢の男性と同棲していた。
近くに住む友人がメロンを持ってきてくれた。
お祝いの印として。
それをみんなでいただいた。

だから振袖を着たい、着る、着ない。
悩ます、問題は発生しなかった。
その頃すでに心は着物離れしていた。
子供の頃は、着物が着たくてたまらなかったのに。
・・・・・

父が死ぬ1年半前。
振袖を着た。
七五三。
父が当時にしては大金を払って
私のために仕立ててもらった。
大人になっても
仕立て直して着られる。
「豪華、美しい振袖」
鼻が高かった。
この振袖、私の自慢の持ち物となった。
お父ちゃんに愛されていると感じた。

この振袖、その前後に1度着ただけ。
つまり、2度しか着ていないのだ。

この振袖と帯、じゅばんその他諸々、着物一式。
母が質屋で売ってしまった。
10歳ごろだっただろうか。
母の愛人の家族と私たちの食費になった。

大きな失望。
悲しかった。
父が残してくれたものはその振袖だけだった。

いつからか、
「オンナらしい」服を選ばなくなっていた。
マニッシュな服装の方が、気分がよかった。
スカートも着物も、着てはみるが、
すぐ脱ぎたくなる。
特に、鏡に映った自分を見た時、
なんとなく気分が沈む。

子供の頃、なぜあんなに着物が着たかったのか?
夏祭りの浴衣、正月の着物・・・・