何度、言っても、忘れる。
私が言ったことさえ、覚えていない。
認知症なのかな?
単に耳が遠いから、
聞こえてなかったのか?

金曜日夕方。
母からの電話。
「財布にお金全然入ってないの。」
「お金送ってくれる?」
「お母ちゃん、来週の月曜日15日年金が
入る日だよ。」
「ああ、そうなんだ。」
「じゃ、いいよ。
それまで、お前が送ってくれた
インスタントラーメン食べてるから。」
私を心配させる言葉を吐く。
いつもと同じように。

オンラインで銀行送金はすぐできる。
けど、ATMがあるコンビニ。
お母ちゃん、行けないでしょう。
歩行困難なのに。

金送れ。
私、瞬間的に頭に来る。
私は金の成る木を持っているわけではない。
お母ちゃん、82歳にして、やっと年金がもらえるように
してあげたのは、誰?
娘の私が、何日も、遠くの年金事務所に通い、
代理で手続きを、やっとの事でしたのだ。

年金が出るまでのこの10年、
私は毎週八千円母の口座へ送金していた。
月に1回まとめての送金だと、
すぐ、全額使ってしまう母だからだ。

意地悪心が疼く。
送ってあげてもいいのだが、
なんか、もう少し、違う言い方があるでしょう?
いつも悪いね、とか。

最後の最後まで、
きっと、お母ちゃんには
お金をむしり取られることになっているのだろう。
それが私の運命なのだ。
親を選べない、子の運命なのだ。