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1964年10月東京五輪の終了直後(だったと記憶する)
子供がいてはホテル住み込みのハウスキパーの仕事はできない。
ということで、錦糸町から桐生市に向かった母と私(8歳)。

子供だったその時は気づかなかったのだが、
大人になってから、「あれは...?」
重大なことだったのだ、と気にかかり出す。
その一つに、母の妊娠がある。
母は妊娠しやすい。もちろん避妊なんて知らないだろう。
彼女、私が知っている限り、
10回は妊娠した。

1964年父親が死んだのが5月。
その月末には、母は錦糸町のホテルに就職し。
私は、太田市の知人家庭に預けられた。
学校もその区域の小学校へ転校した。
そして、その2ヶ月後の夏休み中、
母が突然現れた。
細身のワンピースを着ているからか、
余計お腹が目立った。
妊娠していた。
堕胎をしに錦糸町から太田市まで
帰ってきたのだ。

8歳の私は、理解できた。
何をしたのか。
「赤ちゃんをおろした。」
と聞かされた。

誰の子だったのだろうか?
私の父親ではない。
彼と彼女の年齢差は33歳。
1年以上は入院していた。

その後の母親の妊娠の相手は、
ほとんどすべてわかっている。

一体、あの時妊娠させた男性は
誰だったのだろうか?

80歳になった母。
聞いてみたい。
答えてくれるだろうか?

あの時彼女が着ていた細身のワンピース。
お腹の出具合まで。
私の記憶は鮮明だ。