先週中学校時代の友人に会った。
彼とは奇遇な巡り合わせを感じる。
中学校卒業後繋がりは
他の生徒同様なくなった。
しかし、20歳位の時
高田馬場駅近く偶然に会う。
そして、35歳位の時
市ヶ谷駅の前でまた
偶然に出くわす。
といっても、それだけ。
立ち話後、電話番号位は
交換しただろうが。
付き合いには発展しなかった。

市ヶ谷駅であった数年後
郷里で初めての同窓会。
少々会話した。

直後都内で1度だけ食事をした。
Eメールアドレスを
交換した。時々、お互いの
近況を知らせ合った。

滅多に会わない。
最後に会ったのは
2年前だったか。

先週。
日暮里の丘の上の静かなカフェ
中学時代の話。
私の家が貧乏だったという
私の「自慢話」に、「俺の家もだよ。」
と、ぼそっと彼は言った。
「うっそ1?」お父さんおまわりさんで
やさしそうなお母さんもいて、
1、2度家にお邪魔した私は、
うらやましかったのよ。
あの頃「父親は入院していて、
給料が半額ちょっとで、家苦しかったんだ。」

私の貧乏話は続く。

中学3年生。
ある日担任に呼ばれて
「今度の月曜日の朝礼で名前呼ばれるから
校長の前に出てね。」と言われた。
私「理由は、貧乏にも負けずに学校へ
来たから、ですか?」
「ええ、そんなものね。」
「私、イイです。賞状いりません。」
って、担任に断った。
賞状貰える程、貧乏だったのよ。

「で、俺が名前呼ばれて、
その賞状貰ったんだぜ。」
私、すっかり忘れていた。
そうだった。
あの月曜日の朝礼。
当初予定していた
もう一人の男子生徒の
名前の次に
彼が呼ばれたのだ。

その瞬間、
私は不思議に思った。
何故、彼なの、と。
突如、貧乏から、
頭が良い生徒に
変更したのだ、
と自分を納得させた。

そうか、彼の家も
貧乏だったのだ。
あの時は全く考えつかなかった。

それから私たち
は、あの頃、
いかに貧乏だったかを
競い合った。
クソ暑い2013年の夏。