ゴールデンゲートブリッジが微かに見える


1979年10月14日から19日宮崎県国体。
私はその期間1日宮崎市に滞在した。
ヒデキに会うために。
県職員の彼は国体運営のスタッフ。
ユニフォームの紺のブレザーと帽子。
駅まで迎えにきてくれた。
開会式会場でおろされて
私は一人バックスタンドに座った。

夜二人は居酒屋で夕飯。
だが短時間で済ませた。
ヒデキ、ホテルまで送り届けてくれた。
暗いホテルの部屋。ただ一人。不自然。
楕円形の鏡にうつった悲しげな自分の顔。
照明をつけることもなく、
大声で泣いた。
これが、最後なの、本当に?

1980年6月30日
私はアメリカに旅立った。
ヒデキと巡り逢い、そして、
一緒に暮らした期間。
約3年間封印していた
あこがれ。
アメリカに行き、
ハリウッドで、
映画の仕事につく。

とれたビザは観光ビザ。
もらった滞在期間は2ヶ月。
その短い間に私はアメリカに
残れるチャンスを探さねば。
方法は?
何にもない。
知り合いもいないのに。
アホな考えだ。

もう1週間経過してしまった。
アメリカに残れるような
チャンスに結びつく
出会いは全く無。

残りは1ヶ月と3週間。
グレイハウンドバスは
サンフランシスコターミナル
に着いた。
サンディエゴからの夜行バスは
長かった。