たった1枚しかないお父ちゃんの写真



お盆。死んだ家族が帰ってくる。
何十年も前に死んだ私の父はどこへ戻ってくるのか。
娘の私の所ではない。
私の所には、お父ちゃんのお位牌もない。
私が娘だと証明する法的な記録もないのだ。

お父ちゃんは朝鮮半島生まれ国籍は大韓民国。
生まれたのは1903年。日本に来たのも日中戦争前(推定)。
そして東京オリンピックの年1964年に亡くなった。私8歳。

父は私を認知しなかった。だから私と父親の間には法的な親子関係がない。
つまり、私が彼の子だという記録、証明が無いのだ。

遠い昔、幾度かお母ちゃんに聞いた。
お父ちゃんは私の事可愛がった?
生まれてきた事を喜んだ?
彼女の答えは一貫していない。

認知しなかった理由ははっきりしない。
ただ、当時は韓国まで行かないと戸籍関係の手続きが
出来なかったらしい。
実際、90年代に韓国から取り寄せた戸籍の中に
(腹違いの)すぐ上の兄の名前は記入されていなかった。

8歳まで一緒に暮らした。
私の心に残るお父ちゃんの記憶は温かい。
でもそれは、悲しい事に2、3シーンだけ。
残酷だ。記憶は宝なのに。
科学技術がこんなに発達した現在。
頭のどこかに眠っている記憶を蘇らせる方法はないのか?

とにかく、今日はお盆。
お父ちゃんだけでなく、
生きたかったのに、戦争によって殺された
すべての人々を悔やむ日だ。