おませな13歳だった。1969年、つまり昭和44年の流行歌はほとんど全部歌える。今でも。 歌詞を見ずにだ。
雑誌平凡や明星の付録の歌詞集。それを片手にテレビの歌番組に出演する歌手と一緒に歌った。
一人ボッチの家。鏡に向かって、ヘアブラッシをマイクによく歌っていた。得意は弘田三枝子の「人形の家。」
「夜明けのスキャット」も好きだった。子供が「愛し合うその時に、この世は止まるの。」
なんて平気で歌っていたのだ。

その頃だ。私は赤ちゃん返りをした。おねしょだ。癖になってしまった。初潮はまだだった。
しかし、体は同年齢の平均的な少女より大きかった。おしっこの量だって大人なみ。
毎夜、水分をひかえても、おねしょは続いた。母親と一緒に暮らせなかったからか。
一人で生活した数ヶ月。その後の下宿先でも私のおねしょは続いた。
恥ずかしくて、誰にも話せない。布団は外に干せない。押し入れにしまった。
ぬれた布団をどう対処していたのか。記憶がない。
ああ、思い出すのも嫌だ。辛かっただろう。
惨めだったろう。

おねしょは、初潮になっても続いた。
そして、14歳の秋から母親と一緒に暮らせることになった。おねしょは止まった。
その時分、よく歌っていたのが、由紀さおりの「生きがい。」
だが、歌詞の内容があまり好きではなかった事を思い出す。
何故だろう。