昭和46年。中学3年生のクリスマス。大きなアルマイトのやかんが届いた。
市役所からのクリスマスプレゼント。民生委員のおばさんは言った。

その数ヶ月前、お母ちゃんは出産した。
15才違いの弟。生活は相変わらず貧乏。妊婦のお母ちゃんを雇うところはない。
内職だけでは当然食っていけない。私は、放課後餃子店でバイトをした。
それでも親子3人腹一杯食う事はできなかった。
お母ちゃんは生活保護の申請に行った。しかし、審査は通らなかった。
男の陰がある。男と交流がある。近所、誰が見ているのか。そして、告げ口しているのか。
弟の父親は少なくともその時は家には来ていなかった。お母ちゃんが出産したことすら知らないのだから。
役所はお母ちゃんが男からお金を受け取っていると結論づけた。
内気で、恥ずかしがり屋のお母ちゃんは小さな赤ん坊のため、頑張った。
「この子の父親からは1円ももらっていない。」と声を振り絞った。
結果、生活保護のお金でなく。市役所から粉ミルクを毎月3缶配給してもらえる事になった。

やかんは裸だった。リボンの着いた箱に入ってはいなかった。民生委員のおばさんは
入り口のドアの所に立って、間借りの六畳一間をじろじろと見渡す。
持ち物検査みたいだった。おばさん、何か気に入らないものをみつけたみたいで、
お母ちゃんに「あれはだめよ。」と告げた。今それがなんだったのか覚えていない。
家にあった「贅沢品」と呼べるものは黒白の古いテレビ(昭和39年くらいに買った)ぐらい。
私は、頭にきた。貧乏人はこんな侮辱を受けなくてはならないのか、と。
「やかん、いりません。」「弟の粉ミルクももういりません。」
私は民生委員のおばさんに言った。彼女、やかんを持って帰って行った。

しかし、なぜ、クリスマスプレゼントがあんなに巨大なやかんなのか?