
昭和40年代はじめ。母と私が住んでいたのは6畳一間のアパート。
台所(なんて表現するのがおこがましい)は共同。
トタン1枚の壁。流しには、蛇口が二つ。
その横に一口のガスコンロが2個置いてあった。
そこで顔も洗えば、洗濯もする。
トイレは台所をでた通路の向かい側にあった。
扉がついているトイレが二つ。男性用が一つ。
台所と私たちの部屋の境にガラスの引き戸があった。
トイレに行く時もその戸を開け、サンダルをはいて、行くのだった。
木枠の引き戸。ガラスは曇りガラスで、一番上だけが、透明のガラスだった。
台所には、頻繁にドブネズミが現れた。
子どもの私は遭遇するのが恐怖だった。
引き戸をあける前、上部の透明ガラス越しに、
ネズミ(これが猫のように大きい)がいるかいないか、そっとのぞく。
時には巨大な灰色のネズミがゴミなどを物色している。
がちゃがちゃとガラス扉をゆすり、大きな音をたてる。
と、ネズミはそそくさと逃げる。去った事を確かめ、戸を開ける。
「お前よりねずみのほうが、人間を怖がっているんだから。」お母ちゃんは言った。
(一人でトイレぐらい行ってよ。)
仕事で疲れて眠っている彼女を起こすのは気が引けた。
でも誰かにトイレまで同行して欲しかった。
夜、一人で共同トイレに行くのは、本当に怖い怖いイベントだった。
(1965~66年)