まだ家が残っていた。40年前は新築。私にとって、初めてのお風呂付きの借家。4畳半と6畳間。小さいながらも独立した台所があり、その隣に風呂があった。中学1年生3学期。母と私はこの家に転居した。家賃は5、6千円だったと記憶する。北関東の農村。駅は近かったが、電車は1時間に上下線各1本。この裏には大家さんの豚小屋があった。母が何故そんな不便な場所に引っ越しを決めたのか不明。彼女の職場も私の中学校も遠い。私は、自転車で中学に通った。30分以上、1時間位かかったように記憶する。競艇場の淵の道。北風は向かい風。下校時、暗闇のなか、自転車がなかなか前に進まなかった。そこに住んで1ヶ月もたたないある日、母は突然仕事をやめて、隣の県に行ってしまった。それも中学生の私を置いて。結婚するつもりでつき合っていた年下の男性の家族に大反対された。彼の前から姿を消したのだ。娘の前からも。母は私の下宿先をみつけた。以前住んでいた町で客として通っていた美容室。母は、身の回りのものを荷物にまとめて、一人で行け、と私に指示した。やっとお風呂付きで2間の家に住めるようになったのに、もう、そして、また、引っ越しだった。それも、見ず知らずの赤の他人の家。母は自身の恋愛の破綻が理由で、中学1年生の娘を一人残し、傷心の旅へと出てしまう。当然娘は反抗する。下宿先の美容室には行かなかった。学校も行くのをやめた。今時と違って、電話などない。連絡のつけようが無かった。私は自由、誰からも束縛されない、怒られない。好き勝手にした。雨戸はあけず、外へも出ず。テレビを見ていた。家にあった食料品を食べ尽くした。もっていたお金で落花生を買いつづけた。落花生のからで山を作った。暗い6畳間、所々に、新聞紙を敷き、その上に落花生のからをつもらせた。何故?今、理由は思い出せない。やがて、お金を使い尽くし、食べるものも底をついた。売れる物、コーラの空き瓶(あの頃で10円とは!)も売りつくした。隣家の空き瓶まで失敬した。(ごめんなさい!)家の中で売れるものは灯油だけ。と、13歳の私は考えた。お風呂をわかすための燃料。灯油タンクを持って、隣家に行った。なんて言ったのかよく覚えていない。こども時代の私は、嘘つき名人。うまい事、言って善良な大人をだましたのだろう。「お母ちゃんが灯油を買いすぎてしまったので、よかったら、安くするので、使うのを手伝ってほしいと、お母ちゃんに言われて、来ているの。」とか、なんとか。でも、どうぞ、「買ってあげるけど、お母さんは、今どこにいるの?」なんて、(野暮な質問は)聞かないで!。成功した。幾ばくかのお金を支払っていただき、私は、また、落花生を買った。