昨日は岐阜県飛騨高山へ小旅行。
といってもいわゆる名所廻りの観光ではなく、
高山市外から更に車で30分ほど山奥へと進み、川でのアマゴ、岩魚漁。
これも釣りといった類いではなく、
樹々が川面を覆う凄まじい場所へ潜り、もりで突くといった原始的な行い。
もりのグリップには強度のゴムがつけられていて、
それを引っ張って片手で固定。
水中でターゲットを絞り、一気にゴムを離すと、魚へ一直線。
夏とはいえ、山中の水温は低く、都会でぬくぬく生活している自分には、
久々の試練。
10匹ほど捕まえ、夕刻に炭火で炙り、それはそれは原始的な食事をしました。
調味料は塩のみ。
でも美味かった。自然の味。
天然だの養殖だの、市場で偉そうに品定めしている普段の自分がそれはそれは小さく見え、食事とはなんぞやということを考えさせられました。
街での食事は、飽和しています。常に必要以上の品数を、それこそ金さえだせば、腹一杯ありがたさを微塵も感じないほど口にすることができます。
でも昨日の一匹の魚の味わいは、そんな街中でのグルメがかすむほどのインパクト。
味は勿論のこと、その一品の重みが違いました。
これは食事に限らないことなのかもしれません。
一つの売買されているものが自分の手に届くまで、どれだけの人の労力がかけられているのか。
こんなことをいつもいつも考えているわけではありませんが、
何だか便利さということと引き換えに、如何に大きなものを失っているかということを考えました。
写真とってこればよかった....リアルにお伝えできず、ちょっと残念。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
といってもいわゆる名所廻りの観光ではなく、
高山市外から更に車で30分ほど山奥へと進み、川でのアマゴ、岩魚漁。
これも釣りといった類いではなく、
樹々が川面を覆う凄まじい場所へ潜り、もりで突くといった原始的な行い。
もりのグリップには強度のゴムがつけられていて、
それを引っ張って片手で固定。
水中でターゲットを絞り、一気にゴムを離すと、魚へ一直線。
夏とはいえ、山中の水温は低く、都会でぬくぬく生活している自分には、
久々の試練。
10匹ほど捕まえ、夕刻に炭火で炙り、それはそれは原始的な食事をしました。
調味料は塩のみ。
でも美味かった。自然の味。
天然だの養殖だの、市場で偉そうに品定めしている普段の自分がそれはそれは小さく見え、食事とはなんぞやということを考えさせられました。
街での食事は、飽和しています。常に必要以上の品数を、それこそ金さえだせば、腹一杯ありがたさを微塵も感じないほど口にすることができます。
でも昨日の一匹の魚の味わいは、そんな街中でのグルメがかすむほどのインパクト。
味は勿論のこと、その一品の重みが違いました。
これは食事に限らないことなのかもしれません。
一つの売買されているものが自分の手に届くまで、どれだけの人の労力がかけられているのか。
こんなことをいつもいつも考えているわけではありませんが、
何だか便利さということと引き換えに、如何に大きなものを失っているかということを考えました。
写真とってこればよかった....リアルにお伝えできず、ちょっと残念。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。