昨日は広島平和記念日。
8時15分から子供と一緒に黙祷。
声が戻らない。
先月7月25日に人工呼吸器離脱をし、『しばらく喉の違和感、不快感が続きます。』とは言われていたが、その状態のまま2週間になろうとしている。
飲水が沁みる。
空気が沁みる。
あれから毎日マスクを装着して過ごしているが、荒れた気管はザラつく感じとヒリヒリ感。
普通に呼吸する事が苦しい。
自分が招いたことの結末とはいえ、相当痛めてしまっているようだ。
なので食事は全て流動に近い。
・お粥
・具なし味噌汁
・すりおろした山芋
・冷奴
・ゼリー
献身的にも夫が毎日、上膳据膳の食事を用意してくてる。
こんな自分に申し訳なくてたまらない…。
人工呼吸器が必要なほどの呼吸不全だったから挿管したのだろうに、気管チューブ留置中の創痛は呼吸不全より苦しい(あくまでも自分の場合)。
それは意識不明中も薄っすらと感じられるほど。
痰の吸引は悶絶。
人工呼吸器、痛イ…。
人工呼吸器、苦シイ…。
痰ノ吸引、死ニソウ…。
悪夢を見ながら、ありったけの力を込めて何度も暴れた。
そして二人係りで押さえつけられた。
気がつくと、重りの入ったミトンを両手にはめ、縛られていた。
なんじゃこれは…。
やめて!!
外して!!
と強く念じながらも、体の自由が利かず、ミトンをパタパタさせた。
これって赤ん坊の気分。
はたまた、寝たきり高齢者の気分。
はたまた、寝たきり高齢者の気分。
チューブが熱いよ。
身体が焼けそうだよ…。
検温してよ…。
保冷剤ちょうだい。
言いたい事は山ほどあった。
しかし人工呼吸器では会話ができない。
意識が戻ってからも寝返りすら打てず、苦しい姿勢をただ耐えるだけ。
これを誰1人苦しいと気づいてくれないなんておかしい。
誰1人、筆談でYes , Noを聞いてくれる人はいない。
まな板の上の鯉だった…。
長期間飲んできた薬の離脱症状も始まり、汗が吹き出る。
人工呼吸器の創痛に加え、線維筋痛症の発作が。
その患者にとって、寝返りを打てない事がどれほどの苦しみにつながるか、看護師達は知らないようだ。
『呼吸器外して死んだほうがよっぽどマシ』
『生命維持する方が苦痛。』
そう思った。
【退院して調べてみると通常、人工呼吸器使用中は苦しみを取るために、鎮痛剤と鎮静剤を使用して貰えるようだ。
自分の場合は昏睡状態だったから使用できなかったのか?】
思考が動き出す。
『人工呼吸器!?
私はコロナで倒れたのか?』
記憶を手繰り寄せようとすると、しばし頭の混乱が続いたが、
『いや、自分は死のうとして、持病の薬を大量服薬したはず…』
『頓挫したからここにいるのか…』
と気付く事ができた。
意識がさらにハッキリしてゆくなか、時折自分のではない喀痰バキュームの音が、『ズゴゴゴォォォーッ!』と聞こえ、恐怖を誘った。
自分以外にも複数の患者が居ることを伺い知る事ができた。
吸引されている患者のカサカサの喉から、自然と起こる嗚咽はまるで、豚とゴジラが『オ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ーーーッッッ』と悶え苦しんでいるような音だった。
此方には来んでくれ!
吸引は要らん!
涙が浮かんできた。
鼻水が喉を伝わり流れてゆく。
そして吸引が来る。
意識を失いそうになる…。
家族にも会えないまま、この悪循環から離脱することは、もう出来ないのだろうか…と考えながら…。
人工呼吸器は人生最悪の苦痛である事を、皆様も知っておいた方が良い。
