寝ちゃってます。
僕は今日は12時起きだったんで(寝たのが5時だった)、
まだ眠れません。
窓際のソファで
水割りを飲みながら
すっかり暗くなった都心の夜を見ながら
呼吸しながら
目を開けながら
これを携帯で打ちながら
座っています。
何が言いたい?!!
この夜景(真っ暗だけど)を見てたら思い出した海外のある都市が。
年寄りの思い出話しに付き合って下さい。
70年代後半、羽田の赤じゅうたんん踏んで向かった先は
サンフランシスコ。
はい、コーヒー園で働き始めて今の一大喫茶チェーンを築いて
っていうようなドトールコーヒー鳥羽さんとは正反対。
1ヶ月のミニ語学研修旅行
ネーミングからしてゆるいです。
なんたってミニです。
短いんです。
研修ったって企業の研修でもなく
雑誌ポパイが火を付けた当時の西海岸ブームに
刺激され おらたちも行くベ
西海岸さ行って
サンタモニカでフリスビーするべ。
ロングビーチでスケボーやるべ。
ケーブルカー乗ったれ
なんといっても アメリカ見てきたれ!
です。
時代は
サイゴン陥落によりベトナム戦争が終わって2年。
まあまあ世の中平和でした。
詳しいことを書くと長くなるんで省きますが
日本から来た学生60人ぐらいが
シスコ郊外のバークレー町のキャンパスモーテルというなのモーテルに貸し切り宿泊し
1日4、5時間ぐらいの授業を受けて
あとはフリータイム。
まあ、一応ビザは留学ビザですが、
のんびり呑気に。
なんたってミニですから。
で、北は北海道西は九州から来た学生のうち、
10人ぐらいの仲良しグループが出来ました。
1$がまだ290円。
外貨持ち出しには許可が必要な時代にあって
それなりの費用を出してくれる家庭ですから
男はバラバラだけど、女子は皆、お嬢さんです。
男は
僕と同じ都内S大学同じサークルの親友N。
他に D大学のNとY。
女子は
札幌のH星の二人。
名古屋の金JのM
岡山のNダムのY
K都女子大とD志社女子大の関西友人同士二人。
で、毎晩、毎週末にこの
5組の部屋に集まって飲み会です。
英語オンリー飲み会とかやったり。
ところで
みんなの部屋は普通の1部屋のツインなんですが、
僕らの部屋は角部屋で2室あって広くプライバシーも保たれてましたんで、
宴会部屋にしませんでした(笑)
酒代出すから部屋はダメ!
だって散らかるんだもん。
で、ある週末
レンタカーに乗り北星以外の8人でシスコの中華街に行きました。
とある店に入り、
「やっぱ本場の味は違うよね」
「おいおい、アメリカだから!」
などと和やかに食べてますと
入口の方から突然
金切り声のように
「クァーーーーーー!!」
と何かの鳴き声が!
「ん?、何今の?」
しばらくするとまた
「クァーーーーーー!!」
え?
でも店員は普通にしてます。
また2、3分すると
「クァーーーーーー!!」
「絶対に何かの生き物の鳴き声だよな?」
「鳥だよ、鳥。」
「でも、入口に鳥なんかいたぁ?」
その後も何度か
「クァーーーーー!!」
食べたら見に行こうぜ。
一同「うん。」
で、勘定を払い、チップを置き、
入口(帰りは出口)に行き、
鳥を探しました。
入口付近の椅子に腰掛けたおじいちゃんには目もくれず
誰かは
店員に
フェア イズ ザ バード?
おいおい 俺たち
ミニとはいえ、一応語学研修に来てるんだぜ
と恥ずかしくなるような英語。
でも恥をかいてもいいから
その鳴き声の主を見つけたかったんです。
女子の1人は、店内から走ってきて
「鳥なんかいないってよ。」
そうかぁ
な、猿なんじゃないの?
お、そうかもな!
中華料理に猿の脳ミソのがあるだろ?
調理される危機を感じて鳴くんだよ!
また女子が
「猿もいないって。」
そうかぁ
と、皆が
あきらめて帰りかけたその時!!
テレビのバラエティー番組なら
絶対にここで
「謎の鳴き声の正体にスタジオ騒然!?」
と文字が出て
驚く顔の雛壇芸人たちのざーとらしい驚愕の顔が写ること間違いなしです。
まさに、帰りかけたその瞬間、
僕らの真後ろで
まさに
「クァーーーーーー!!」
と謎の鳴き声が

えっ
と振り向いたら
椅子に腰掛けたおじいちゃんが
椅子の前にあるどでかい龜(カメ)に、
「ぺっ!」
とタンを吐いたんです。


















そうなんです。僕らが
聞いていたのは、
鳥でも猿でもなく
この長老のようなおじいちゃんが
タンを吐く声(音?)だったんです。
男女8人タン物語
なんだよ、あのじいさん
創業者じゃない。だから誰も文句言えないのよ。
などとぶつぶつ言いながら
店を出て
僕が写真好きというD志社女子大に
あのカメの中を覗いてきて写真撮ってきなよ。
と言ったら
「わあーー、
絶対見たくない(ToT)」
友人Nが
「かがんで写真撮ってるときに上から
「ぺっ!」ってきて頭に掛かったりして(笑)」
「そうなったら髪の毛切って坊主にするわ!」
僕が畳み掛けて
「髪の毛切っても、明日からあだ名は
タン女だよ。」(笑)
「○ちゃんにそんなあだ名で呼ばれるならニッポンに帰る!!」
シスコの中華街で8人の大笑いが響き渡りました。
わずか1ヶ月の滞在でしたが、たくさんたくさん思い出を作れた旅行でした。
もう30年以上前かぁ。
余談
※あの余談は不要ですと言われそうですが(笑)
2年後に そのD志社女子大とは、東京、京都間を文通や週末長電話などを重ねるようになりました。
僕が卒業旅行で
30日間アメリカ大陸横断1人旅をし、バークレーのキャンパスモーテルに泊まったりした話や写真を手紙で送ったのが
きっかけでした。
文通始めて半年後、彼女は僕に会いに東京に…。
ふっ
さ、寝よ。
僕は今日は12時起きだったんで(寝たのが5時だった)、
まだ眠れません。
窓際のソファで
水割りを飲みながら
すっかり暗くなった都心の夜を見ながら
呼吸しながら
目を開けながら
これを携帯で打ちながら
座っています。
何が言いたい?!!

この夜景(真っ暗だけど)を見てたら思い出した海外のある都市が。
年寄りの思い出話しに付き合って下さい。
70年代後半、羽田の赤じゅうたんん踏んで向かった先は
サンフランシスコ。
はい、コーヒー園で働き始めて今の一大喫茶チェーンを築いて
っていうようなドトールコーヒー鳥羽さんとは正反対。
1ヶ月のミニ語学研修旅行
ネーミングからしてゆるいです。
なんたってミニです。
短いんです。
研修ったって企業の研修でもなく
雑誌ポパイが火を付けた当時の西海岸ブームに
刺激され おらたちも行くベ
西海岸さ行って
サンタモニカでフリスビーするべ。
ロングビーチでスケボーやるべ。
ケーブルカー乗ったれ
なんといっても アメリカ見てきたれ!
です。
時代は
サイゴン陥落によりベトナム戦争が終わって2年。
まあまあ世の中平和でした。
詳しいことを書くと長くなるんで省きますが
日本から来た学生60人ぐらいが
シスコ郊外のバークレー町のキャンパスモーテルというなのモーテルに貸し切り宿泊し
1日4、5時間ぐらいの授業を受けて
あとはフリータイム。
まあ、一応ビザは留学ビザですが、
のんびり呑気に。
なんたってミニですから。
で、北は北海道西は九州から来た学生のうち、
10人ぐらいの仲良しグループが出来ました。
1$がまだ290円。
外貨持ち出しには許可が必要な時代にあって
それなりの費用を出してくれる家庭ですから
男はバラバラだけど、女子は皆、お嬢さんです。
男は
僕と同じ都内S大学同じサークルの親友N。
他に D大学のNとY。
女子は
札幌のH星の二人。
名古屋の金JのM
岡山のNダムのY
K都女子大とD志社女子大の関西友人同士二人。
で、毎晩、毎週末にこの
5組の部屋に集まって飲み会です。
英語オンリー飲み会とかやったり。
ところで
みんなの部屋は普通の1部屋のツインなんですが、
僕らの部屋は角部屋で2室あって広くプライバシーも保たれてましたんで、
宴会部屋にしませんでした(笑)
酒代出すから部屋はダメ!
だって散らかるんだもん。
で、ある週末
レンタカーに乗り北星以外の8人でシスコの中華街に行きました。
とある店に入り、
「やっぱ本場の味は違うよね」
「おいおい、アメリカだから!」
などと和やかに食べてますと
入口の方から突然
金切り声のように
「クァーーーーーー!!」
と何かの鳴き声が!

「ん?、何今の?」
しばらくするとまた
「クァーーーーーー!!」
え?
でも店員は普通にしてます。
また2、3分すると
「クァーーーーーー!!」
「絶対に何かの生き物の鳴き声だよな?」
「鳥だよ、鳥。」
「でも、入口に鳥なんかいたぁ?」
その後も何度か
「クァーーーーー!!」
食べたら見に行こうぜ。
一同「うん。」
で、勘定を払い、チップを置き、
入口(帰りは出口)に行き、
鳥を探しました。
入口付近の椅子に腰掛けたおじいちゃんには目もくれず
誰かは
店員に
フェア イズ ザ バード?
おいおい 俺たち
ミニとはいえ、一応語学研修に来てるんだぜ
と恥ずかしくなるような英語。
でも恥をかいてもいいから
その鳴き声の主を見つけたかったんです。
女子の1人は、店内から走ってきて
「鳥なんかいないってよ。」
そうかぁ
な、猿なんじゃないの?
お、そうかもな!
中華料理に猿の脳ミソのがあるだろ?
調理される危機を感じて鳴くんだよ!
また女子が
「猿もいないって。」
そうかぁ
と、皆が
あきらめて帰りかけたその時!!

テレビのバラエティー番組なら
絶対にここで
「謎の鳴き声の正体にスタジオ騒然!?」
と文字が出て
驚く顔の雛壇芸人たちのざーとらしい驚愕の顔が写ること間違いなしです。
まさに、帰りかけたその瞬間、
僕らの真後ろで
まさに
「クァーーーーーー!!」
と謎の鳴き声が


えっ
と振り向いたら椅子に腰掛けたおじいちゃんが
椅子の前にあるどでかい龜(カメ)に、
「ぺっ!」
とタンを吐いたんです。


















そうなんです。僕らが
聞いていたのは、
鳥でも猿でもなく
この長老のようなおじいちゃんが
タンを吐く声(音?)だったんです。
男女8人タン物語

なんだよ、あのじいさん
創業者じゃない。だから誰も文句言えないのよ。
などとぶつぶつ言いながら
店を出て
僕が写真好きというD志社女子大に
あのカメの中を覗いてきて写真撮ってきなよ。
と言ったら
「わあーー、
絶対見たくない(ToT)」

友人Nが
「かがんで写真撮ってるときに上から
「ぺっ!」ってきて頭に掛かったりして(笑)」

「そうなったら髪の毛切って坊主にするわ!」

僕が畳み掛けて
「髪の毛切っても、明日からあだ名は
タン女だよ。」(笑)
「○ちゃんにそんなあだ名で呼ばれるならニッポンに帰る!!」

シスコの中華街で8人の大笑いが響き渡りました。
わずか1ヶ月の滞在でしたが、たくさんたくさん思い出を作れた旅行でした。
もう30年以上前かぁ。
余談
※あの余談は不要ですと言われそうですが(笑)

2年後に そのD志社女子大とは、東京、京都間を文通や週末長電話などを重ねるようになりました。
僕が卒業旅行で
30日間アメリカ大陸横断1人旅をし、バークレーのキャンパスモーテルに泊まったりした話や写真を手紙で送ったのが
きっかけでした。
文通始めて半年後、彼女は僕に会いに東京に…。
ふっ

さ、寝よ。