弘前を訪れたのは2年前の晩秋でした。



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2008.11


平地に出来た平城です。
濠は広くなく、
天守閣は当初五層 (後に焼失し三層に)でしたが
天守閣以外の部分の規模はそう大きくなかったんだろうなぁ
と思わせます。


その理由を現地で自分なりに考えてみました。


敵が少なかった。合戦があんまり無かった
のでは(笑)。


交通機関の発達してなかった戦国時代の青森県弘前を
要所として絶対に押さえておかないと
と考えてたとは思えません。

当時の東北は
上杉、伊達、酒田などの
新潟、山形、宮城あたりが実力者武将の行き止まりだったんでしょう。

その辺が東日本の歴史の浅さです。

西日本は
九州の最果て、鹿児島に
猛将島津四兄弟を誇った島津家がありました。
西日本は武将ぎっしり状態。

だから源平の頃から合戦も多かったわけです。

一方、青森では

城主の津軽氏が
「城作ったぞ~。来るなら来いやっ!ニコニコグー


周囲「シーンシラー

みたいなガーン
背後は津軽海峡。その向こうは未開の地、蝦夷です。
弘前を領土にするぐらいなら米処米沢を取りたい
ぐらいの心境では。


そういった、一種のんびりさがある弘前城だけど

しかしビックリマーク
弘前城は

当時の天守閣が現存する12城の1つなのですが
そんな数字的なことより

この城の良さは

濠を含めた外構と樹木の美しさです。


桜桜は、日本の三大名所の1つにもなり有名ですが


紅葉もそりゃあ見事です。
写真の黄色い葉は、桜です。


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城の天守閣、石垣による地形の変化に華麗に溶け込んだ紅葉。

見たら絶対に

また 来~ようガーン

と思います。

大きな合戦に巻き込まれても耐えた熊本城や彦根城などと比べると
美しい名花です。


余談ですが↑の写真の並木道を歩きながら

振られましたあせる


僕の目が赤いのは涙なんかじゃないさ。もみじ紅葉が映っているんだぜ、ふしょぼん




弘前城のバカヤロー!しょぼん