物心ついてから…
朝なにを食べて幼稚園に行っていたかはあまり覚えてないが
小学校に上がって間もないころ
メチャクチャにハマった菓子パンを
毎朝のように食べて登校していたことは、よく覚えている。
タマゴ色した三角形のスポンジケーキで
安っぽい生クリームをはさんであり
かどっこにだけチョコレートをかけてある、
ムカシの少女がうっとりしそうなパンだった。
おそらく『白十字』の製品だったと思う。
ウチからいちばん近い所にある
スーパー・マルナカのパン売り場にそれはあった。
あ、その当時はまだマルナカ・バナナセンターという名称だった。
バナナが高級品だった時代の名残であろうか・・・。
で、毎日それを買ってもらい、長い間毎朝食べ続けた。
チョコレートの部分が全体に広がって
土台を全ておおっていたら
どんなにいいだろう・・・とユメみていたが、
その内にそのパンはなくなってしまった。
なぜなら、そのマルナカ・バナナセンターが
スーパー・マルナカ〇町店に生まれ変わる大工事に突入してしまい
それとともに大好きだったあのパンも
それっきり姿を消してしまったのだ・°・(ノД`)・°・
しかしちょうどそれと入れ替わりの時期だったのだろう…
カトキチの冷凍肉まんあんまんの登場は画期的であった。
コンビニが台頭してくるまで
肉まんあんまんはカトキチ製品くらいでしか、ほぼ食べることはできなかった。
もちろん地域によって異なってくるだろうが、
少なくとも、中華街からはるか彼方のウチらへんあたりでは。
姉は肉まん派だったが、甘党のワタシには
あんまんという選択肢しか考えられなかった。
一度気に入ると、同じものをず~~~~~っと食べ続ける子だと
母に思い込まれていたせいか、ずいぶん長期に渡って
毎朝あんまんを食べ続けることになってしまった。
おそらく一生分のあんまんをその時期に食べつくしたのではないかと思われる・・・
今、どんなに寒い日でも、とりたててあんまんが食べたいとは思わないし。
しかし、毎朝巨大な蒸し器でわざわざ1、2個のあんまんをふかす母親も
どうかと思うが・・・
うどんの方がすぐできるだろうて・・・
そして、カトキチが香川であったことからか?
給食にもカトキチのカレーコロッケが出ていた。
あれは奇妙に美味しくて、すごく好きだったが
今はもう作ってないのだろうか・・・
今でもカトキチモノと見るとつい反射的に
なんか買わねばならぬな気分になってしまうのだが
ウチで夜中にうどんが食べたい場合は、
現在ではヒガシマルうどんスープにカトキチ冷凍うどん+アサツキ散らす…
の、なんちゃってさぬきうどんに甘んじている。
ヘタに外でうどんを食べるよかよほどいい。
上京して間もないころ・・・
まだうどんブームもはなまるも上陸してないころは、
ダシにもキッチリ凝り、四国から送ってもらった生うどんを大鍋で茹でて
うどんを食すことに命をかけていたのだが・・・
部屋に大勢呼んで、釜揚げうどんパーティ―まで催したりと・・・
そこまでうどんに情熱を注いでいたのは
多分、高校三年の時、受験で出てきた東京で
うっかりかけうどんを注文してしまった時、
出てきたうどんが真っ黒い汁の中に浮かんでいたことに相当なショックを受け、
さらにそれを食べて、完全にトラウマになってしまったことにも
起因しているのではなかろうか・・・・・・
まァそれはさておき、
朝ごはんがうどんだった時代もないではない。
揚げもんをやった翌日は小えびのかき揚げ天のかけうどん、
すき焼きの翌日はすき焼きうどん、
やたら美味しかったよなぁ……
朝なにを食べて幼稚園に行っていたかはあまり覚えてないが
小学校に上がって間もないころ
メチャクチャにハマった菓子パンを
毎朝のように食べて登校していたことは、よく覚えている。
タマゴ色した三角形のスポンジケーキで
安っぽい生クリームをはさんであり
かどっこにだけチョコレートをかけてある、
ムカシの少女がうっとりしそうなパンだった。
おそらく『白十字』の製品だったと思う。
ウチからいちばん近い所にある
スーパー・マルナカのパン売り場にそれはあった。
あ、その当時はまだマルナカ・バナナセンターという名称だった。
バナナが高級品だった時代の名残であろうか・・・。
で、毎日それを買ってもらい、長い間毎朝食べ続けた。
チョコレートの部分が全体に広がって
土台を全ておおっていたら
どんなにいいだろう・・・とユメみていたが、
その内にそのパンはなくなってしまった。
なぜなら、そのマルナカ・バナナセンターが
スーパー・マルナカ〇町店に生まれ変わる大工事に突入してしまい
それとともに大好きだったあのパンも
それっきり姿を消してしまったのだ・°・(ノД`)・°・
しかしちょうどそれと入れ替わりの時期だったのだろう…
カトキチの冷凍肉まんあんまんの登場は画期的であった。
コンビニが台頭してくるまで
肉まんあんまんはカトキチ製品くらいでしか、ほぼ食べることはできなかった。
もちろん地域によって異なってくるだろうが、
少なくとも、中華街からはるか彼方のウチらへんあたりでは。
姉は肉まん派だったが、甘党のワタシには
あんまんという選択肢しか考えられなかった。
一度気に入ると、同じものをず~~~~~っと食べ続ける子だと
母に思い込まれていたせいか、ずいぶん長期に渡って
毎朝あんまんを食べ続けることになってしまった。
おそらく一生分のあんまんをその時期に食べつくしたのではないかと思われる・・・
今、どんなに寒い日でも、とりたててあんまんが食べたいとは思わないし。
しかし、毎朝巨大な蒸し器でわざわざ1、2個のあんまんをふかす母親も
どうかと思うが・・・
うどんの方がすぐできるだろうて・・・
そして、カトキチが香川であったことからか?
給食にもカトキチのカレーコロッケが出ていた。
あれは奇妙に美味しくて、すごく好きだったが
今はもう作ってないのだろうか・・・
今でもカトキチモノと見るとつい反射的に
なんか買わねばならぬな気分になってしまうのだが
ウチで夜中にうどんが食べたい場合は、
現在ではヒガシマルうどんスープにカトキチ冷凍うどん+アサツキ散らす…
の、なんちゃってさぬきうどんに甘んじている。
ヘタに外でうどんを食べるよかよほどいい。
上京して間もないころ・・・
まだうどんブームもはなまるも上陸してないころは、
ダシにもキッチリ凝り、四国から送ってもらった生うどんを大鍋で茹でて
うどんを食すことに命をかけていたのだが・・・
部屋に大勢呼んで、釜揚げうどんパーティ―まで催したりと・・・
そこまでうどんに情熱を注いでいたのは
多分、高校三年の時、受験で出てきた東京で
うっかりかけうどんを注文してしまった時、
出てきたうどんが真っ黒い汁の中に浮かんでいたことに相当なショックを受け、
さらにそれを食べて、完全にトラウマになってしまったことにも
起因しているのではなかろうか・・・・・・
まァそれはさておき、
朝ごはんがうどんだった時代もないではない。
揚げもんをやった翌日は小えびのかき揚げ天のかけうどん、
すき焼きの翌日はすき焼きうどん、
やたら美味しかったよなぁ……