尾池和夫の記録(415)京都の地球科学(368)『氷室』2024年12月
  京都の地球科学(三六八)    2024年12月号 題5行

   三方五湖
                       尾池和夫

 三方五湖は福井県三方郡美浜町と三方上中郡若狭町にまたがる位置にある。五つの湖の総称が三方五湖で、若狭湾国定公園に含まれている。一九三七(昭和一二)年六月一五日、国の名勝に指定され、二〇〇五(平成一七)年一一月八日、ラムサール条約指定湿地に登録された。二〇一五(平成二七)年四月二四日、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群―御食国(みけつくに)若狭と鯖街道―」の構成文化財として日本遺産に認定された。
 もともと三方湖、菅湖、水月湖は内陸湖であった。五つの湖は江戸時代に開削された水路によって結ばれた。日向湖は「日向運河」で若狭湾(日本海)と、三方湖と菅湖とは「堀切」で、水月湖と久々子湖とは「浦見川(うらみがわ)」で、水月湖と日向湖とは「嵯峨隧道」によってつながっている。久々子湖は早瀬川で若狭湾(日本海)に通じている。
 五つの湖は淡水、海水、汽水と、それぞれに違った性質を持つ。同じ汽水湖でも日本海に直接つながっている久々子湖と中間にある水月湖、奥にある菅湖ではそれぞれ海水と淡水の比率が違う。そのために水の色も微妙に変化し、梅丈岳(三方五湖レインボーライン展望台)から見える景色は、五つの湖がそれぞれ違う青色に見えている。三方五湖の周囲の梅畑の広がりは、若狭梅街道と呼ばれている。

 

 


 三方湖は富栄養湖で淡水、三・五八平方キロ、深さ五・八メートル、周囲九・六〇キロである。南北に約一・5キロ、東西に約三キロある。湖面の海抜は〇メートルである。三方五湖の中で最も南に位置し、唯一の淡水湖で、鰣(はす)川、別所川、観音川、山古川、中山川が流入している。
 水月湖は富栄養湖で汽水、四・一八平方キロ、深さ三四メートル、周囲一〇・八〇キロ、五湖の中で最大の面積である。
 菅湖(すがこ)は富栄養湖、汽水、〇・九一平方キロ、深さ一三・〇メートル、周囲四・二〇キロ。
 久々子湖(くぐしこ)は富栄養湖、汽水、一・四〇平方キロ、深さ二・五メートル、周囲七・10キロ。
 日向湖(ひるがこ)は貧栄養湖、海水、〇・九二平方キロ、深さ三八・五メートル、周囲四・00キロである。
  玉水木三方五湖より風吹き上ぐ      松崎鉄之介
 三方湖は日本列島の気候や植生を何万年前より記録しており、また、日本海の海洋環境の変化を湖底に記録している。一九八〇(昭和五五)年一一月、湖底の堆積物を採取するためのボーリング調査が、三方湖東南部の水深一・五メートル、北緯三五度三三分三二秒、東経一三五度五三分四〇秒の地点で行われた。採取した堆積物からは、花粉、珪藻などの微化石、あるいは植物遺体を検出した。過去七万年間の記録を保管していることが分かった。
 水月湖は三方五湖の中で最大の面積をもつ二重底の湖である。湖水上部の水深〇から六メートルは淡水で、下部の水深七から四〇メートルは硫化水素を含む無酸素の汽水である。水路工事の結果、三方湖からは淡水、久々子湖からは汽水が流れ込むようになり、淡水に比べ重い汽水は湖底に滞留するようになった。この状態で湖の表面に強風が吹いても表層の淡水が攪拌されるのみで、湖底の汽水は滞留したままである。結果、下部の汽水は空気に触れることが無く、表層の酸素を含んだ淡水と混じり合うことも無いために、有機物分解によって酸素が消費し尽くされてしまい、酸素の代わりに汽水中の硫酸イオンを還元して硫化水素にすることで呼吸を行う硫酸塩還元細菌の活動によって硫化水素を多量に含んだ無酸素状態となっている。
 水月湖の年縞堆積物は過去七万年の年代測定の標準時計として期待されている。水深が深く湖内に直接流れ込む大きな河川がなく、湖底の堆積物がかき乱されることがないため、年縞が一枚ずつ積み重なっている状態が保たれている。年縞の厚さは一年で約〇・七ミリである。また、湖底に酸素が乏しく生物がほとんど生息しないことで、年縞がありのまま残っていたこと。さらに好条件となった背景には湖周辺の断層の影響で、湖の底面が低下する沈降現象が続いており、湖底に毎年堆積物が積もっても、湖が埋まらないという特異な条件が揃っている。水月湖の年縞は「奇跡の堆積物」と呼ばれる。福井県年縞博物館では、年縞をステンドグラスにしたものが展示されている。
 水月湖の調査は一九九一年から開始された。日本、イギリス、ドイツなどの共同研究チームが分析を進め、放射性炭素一四、炭素一二の比率を調べ、最終氷期以降の一一二〇〇年―五二八〇〇年前にわたる過去約五万年間の放射性炭素年代測定を行ない、その研究成果を学術雑誌『サイエンス』誌に発表した。精度の高さから、この水月湖の年縞からのデータは二〇一二年七月一三日、フランスのユネスコ本部で開催された世界放射性炭素会議総会で地質学的年代決定での事実上の世界標準となった。
 三方五湖を象徴する漁業は鰻漁であり、日向湖を除く全域で筒漁によって漁獲される。江戸時代初期の随筆にも三方地域の名物として鰻が紹介されている。
  三方五湖いづれがいづれ十三夜      阿波野青畝