尾池和夫の記録(425)季語つれづれ番外(189-194)『氷室』2025年7月-9月

『氷室』2025年7月号掲載用
季語つれづれ  番外(一八九)晩夏(生活)
【草刈】 草刈る 草刈籠
【田草取】 田草引く 一番草 二番草 三番草
【草取】 草引く 草むしり
 これらの季語は異なる背景や季節感を持つ。草刈は、野原や畦道、山の斜面などの雑草を鎌などで「刈る」作業を指す。農作業の一環でもあり、また通行や景観を整える仕事でもある。夏、勢いよく伸びる草の草刈は欠かせない。炎天下の作業で、暑さの中の労働、自然との関わりを詠む。
 田草取は田の中に生える雑草を取り除く作業で、稲の生育を妨げる雑草を手作業で取り除く。田植え後、苗が根付き始めた頃から行われ、田に入って泥にまみれながら草を取る作業、またその作業をする人など、農村ならでは風景が詠まれる。
 田植え後七日から十日後に取る草を「一番草」、以後,稲の花が咲く頃まで約十日ごとに二回から四回ほど草取を行う。「二番草」「三番草」と詠む。稲の葉や虫に妨げられて行う作業であるが、稲の新根を出し、丈夫に育てるための重要な作業である。除草剤や除草機の使用でこのような景が減っており、実際に見られる田草取の景も、またその田の米も貴重である。
 草取は、一般に庭や畑、道ばたなどの雑草を抜く作業全般を指す。草刈は鎌などを使うのに対して手で草を引き抜く。草との戦いが夏の作業であり、細やかな日常の労苦や忍耐、整備された風景の喜びを詠む。

『氷室』2025年7月号掲載用
季語つれづれ  番外(一九〇)晩夏(生活)
【虫送】 虫流し 実盛送り 田虫送り 稲虫送り 
虫追ひ 虫供養 実盛祭
 虫送りは日本の伝統行事で、農作物の害虫を駆除、駆逐し、豊作を祈願する呪術的な行事の一つである。虫による害は、不幸な死をとげてしまった人の怨霊と考える御霊信仰に関係する。形代に穢れを移す風習との共通性がある。
 平安時代末期の平氏武将である斎藤実盛(斎藤別当実盛)は、篠原の戦いで乗っていた馬が田の稲株につまずいて倒れたところを源氏方に討ち取られた。その恨みで稲虫と化して稲を食い荒らす。稲虫(特にウンカ)は「実盛虫」と呼ばれ、実盛の霊を鎮めて退散させる。このような由来で「虫送り」を「実盛祭」や「実盛さん」と呼ぶ。
 松明を焚き、藁人形で悪霊をかたどり、害虫をくくりつけ、鉦や太鼓を叩きながら行列して村の境まで行き、川などに流す地域があり、七夕と関連する地域もある。
 かつては各地に多くあったが、害虫の脅威が低減したことや農業の衰退で行われなくなったり、火事の危険を理由に取り止めたりした地域が多い。
 例えば小豆島の虫送りは、江戸時代から続く。現在では中山と肥土山(ひとやま)地区で半夏生の日に開催される。
 京都市左京区では四つの地域(百井、花脊、広河原、久多)で虫送りがある。地域を巡る際「泥虫出てけ、刺し虫出てけ」「すっとすっとすっとせい」などと唱えながら田の畦道をねり歩く。

『氷室』2025年8月号掲載用
季語つれづれ  番外(一九一)初秋(天文)
【秋の雷】
 秋の雷は激しく鳴り響くことが多く、ともなう雨量も多い。大気中の放電現象の電光が稲を実らせると信じられていたことから電光が稲妻と呼ばれ、秋の季語となった。稲光、稲の妻、稲の殿、稲つるみ、いなつるび、いなたま、などとも詠まれている。稲妻と植物の関係は今でもプラズマ物理学の研究課題である。
 落雷は時速三二万キロメートル以上の速度で、その電力量は巨大である。雷鳴や稲妻に気づいたら避難することで大切である。高くて周囲に何もない建物にはたくさん落雷がある。例えばエンパイアステートビルには毎年およそ二五回の落雷がある。落雷から建物を守るための解決策は、ここ数百年変わっていなくて、一七五二年にベンジャミン・フランクリンによって発明された避雷針である。
 私も地震発生と落雷の関係を研究し、大気電気の観測をしたことがある。日本地震予知学会の会長、長尾年恭さんが「先駆的研究」としてそれを紹介してくれている。花崗岩の破壊で発生する電場を測定した論文も出ている。
 鴨川仁さん、加藤儀一郎さんたちの新しい電場の測定方法も開発されている。鴨川さんは私が学長をつとめたときに静岡県立大学に就任し、富士山頂で地球に関する重要な観測に情熱を注いでいる。加藤さんは、中央防雷株式会社にいて、国内外のビルなどの避雷針の設置などに活躍された方で、文献から私も多くを学んだ。

『氷室』2025年8月号掲載用
季語つれづれ  番外(一九二)三秋(天文)
【稲妻】 稲光 稲つるび
 稲妻はギザギザの道筋で移動しているように描いてある。実際には組み合わせて分岐する複数のチャネルで構成されており、さまざまな方向に移動し、停止したりする。
 稲妻が直線になるとは限らない理由はいくつか考えられる。大気には、さまざまな密度の空気、水のポケット、帯電した粒子が含まれている。空気中の不規則性の中から電気抵抗が最も少ない領域を探し出して、稲妻の経路ができる。稲妻は、雲と地面の間をつなぐいくつかの個別のリーダーから始まる。階段状のリーダーと呼ばれる稲妻の最初の部分は雲から伸びる。それは段階的に伝わり、前進する前に各ステップの後に一時停止する。これがジグザグの道筋の視覚的な印象になる。
 稲妻が地面に向かって移動するとき、分岐して複数の道ができる。フォークのような形にできる。この分岐は大気中の電位の違いで引き起こされる。複雑な軌道ではあるが、稲妻は大気中の最も重要な電荷の差の経路を辿って、雲と地面の間の電気抵抗が、最も小さい経路をとることになっている。
 高速度のカメラで稲妻を撮影した写真が公開されており、とても美しい。そしてどれをとっても同じものはない。このメカニズムの解明に貢献する論文が最近、南オーストラリア大学のプラズマ物理学者によって発表された。今、その論文を読んでいるが、まだよく理解できない。

『氷室』2025年9月号掲載用
季語つれづれ  番外(一九三)仲秋(生活)
【稲架】 はさ 稲掛 掛稲 稲木 稲城 田母木 稲棒
稲干す 稲架襖(はざぶすま)
 稲架(はざ)は、木や竹を使って組み立てる。刈り取った稲穂を掛け、太陽光で籾を乾燥させる、数百年前から行われている米の乾燥方法である。
 今では稲の乾燥工程も乾燥機を用いて短時間かつ手軽に行える。一方、稲架掛は多くの工程を手作業で行う時間と労力の作業である。九月の高温もある。
 しかし稲架掛による利点も多く、稲架掛をする農家は一定数存在する。稲架掛の魅力の第一は、米を長期間乾燥させると後熟とアミノ酸の増加で、米の美味しさが引き出される。後熟とは、作物を収穫して数日放置することで、呼吸による化学変化を起こさせる方法で、乾燥させるとアミノ酸が増加し、味と香りが向上する。
 第二の利点は、米粒の変質や損傷を防ぐことができることである。機械乾燥では急激な温度変化や激しい刺激で米粒の変形する。
 第三には、稲架掛は環境への影響がない。
 稲架は身長より少し上程度のものがほとんどであるが、梯子を使って掛ける大掛かりなものもある。収穫後の田畑に作られることが多いが、風の強い島根県石見地方では「ヨズクハデ」(ヨズクはミミズクの意)と呼ばれる特殊な三角錐の形状をした稲木が用いられる。毎年作るのではなく近くに備え付けしてある地方もある。

『氷室』2025年9月号掲載用
季語つれづれ  番外(一九四)仲秋(生活)
【籾】 籾干す 籾摺 籾筵 籾臼 籾摺歌 籾殻焼く
 籾は、籾殻を取り去る(脱?)前の稲の果実に相当する部分をいう。籾米ともいう。種子として蒔くための籾は種籾である。籾殻のみを籾ということもある。
 稲は植物として順調に成長すると、茎の先端部分の穂に籾が形成される。籾は一般に稲の種子と考えられているが、実際には果実である。
 籾の構造は玄米と籾殻からなる。玄米には胚芽が含まれ、これを適当な温度と湿度の条件下で播種すると発芽する。籾殻は玄米を外部環境の変化から常時保護する役割を果たしている。
 収穫された米を長期保存する目的では、玄米よりも籾の状態で保存することが望ましい。収穫物が玄米で保存されるか籾で保存されるかは、国や地域の慣習に従う。日本の場合、法制度上の理由から、すべて玄米もしくは精米で取引きされるのが通例である。
 収穫されたばかりの籾は水分が多いので、保存性を高めるために乾燥させる。
 籾殻は、籾米の最も外側にある皮の部分である。米を食用とする人類は、稲刈り後、脱穀、籾摺の過程を経て玄米を得る。この調製作業で籾殻が発生する。籾殻は籾の約二割を占める。組成の大半はセルロース、ヘミセルロース、リグニンといった難分解性有機物である。籾殻を利用するさまざまな技術が開発されている。