『氷室』2026年1月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇一)新年(植物)
【歯朶】 羊歯 裏白
今から五億年ほど前、地球にはコケ植物と地衣類が現れ、荒涼の大地に土を誕生させた。その太古の地球にシダ植物が出現した。シダ植物は丈夫な植物である。強い酸性土壌でも重金属の汚染地帯でも最初に生える。歯朶は水と栄養分を運ぶ根と維管束を持つ点で、苔とは大きく異なる。シダ植物は、大地に深く根をおろした最初の植物である。
四億年前、地球の大気中の二酸化炭素ガスが現在の一〇倍以上あり、大気温度が高かった。シダ植物は、大量の二酸化炭素を吸収して、大森林を形成し、その遺骸が次つぎと堆積して泥炭土が蓄積した。こうして大量の二酸化炭素が地下に固定された。
一億年かけて大量の二酸化炭素を吸収された結果、三億年前には摂氏七度の地球となって寒冷化した。極地で大陸氷河ができて水が減り、海水面が数百メートル低下し、大気中の酸素濃度が現在の二倍ほどに上昇し、昆虫の巨大化、植物の多様化が進んだ。歯朶は衰え、新種の裸子植物が主役となった。裸子植物が「リグニン」という成分を発達させ、樹木は幹の強度を高め、背を伸ばして光を巡る競争に勝ち、葉にも含んで害虫への防御力を高めた。
今では歯朶は小型化して、蕨や薇を山菜として食用し、籠を編む材料にしたり、正月には被子植物の楪、橙、稲などと一緒に飾って長寿を祝う。また、歯朶の葉は、家紋にも使われている。
『氷室』2026年1月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇二)新年(動物)
【伊勢海老】
エビの漢字表記は、大型のエビ類を「海老」、「螧」または「蛯」、小型のエビを「蝦」、「魵」または「鰕」と表記すると言われることがあるが、それほど厳密ではない。英語では大きさで、プローン、シュリンプ、ロブスターと分かれる。
今から約五億二〇〇〇万年前の、エビに似た化石が雲南省で見つかったという報告が最近あった。節足動物は、現存する全動物種の約八〇パーセントを構成するが、進化の歴史はまだまだ謎である。
伊勢海老は、日本列島の房総半島以南の太平洋岸、瀬戸内海、九州沿岸、朝鮮半島南部、台湾の沿岸域に分布している。インド洋や西太平洋に広く分布するとされたことがあったが、研究の結果、他地域のものは伊勢海老と別種であることが判っている。
ウツボと一緒にいることがあるが、伊勢海老が天敵の蛸から守ってもらうのと、ウツボも捕食する蛸が伊勢海老に寄ってくるという双利共生である。伊勢海老の天敵には沿岸性の鮫、石鯛、蛸がいる。天敵に遭うと尾を使って後方へ俊敏に飛び退く動作で逃げる。繁殖期には移動の際に列を形成する姿が見られ、敵から身を守るための行動とみられるが、数を増やしていき、一週間寝ずに長距離を移動すること、総勢六〇匹で列をなすことなどが知られている。敵に襲われると、最後尾が犠牲になる。
『氷室』2026年2月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇三)初春(時候)
【雨水】
雨水は二十四節気の第二である。雨水直前の朔日が旧正月、つまり春節であり、旧正月の日付を決める基準が雨水である。現在広まっている定気法では太陽黄経が三三〇度のときで、西暦二月一八日ごろになる。暦ではそれが起こる日、天文学ではその瞬間、恒気法では冬至から六分の一年(約六〇・八七日)後で、二月二〇日ごろとなる。雨水には期間としての意味もあり、この日から、次の節気の啓蟄前日までがその期間である。
古代中国夏王朝は雨水を年始と定めており、西洋占星術では雨水を双魚宮(うお座)の始まりとする。
雨水の意味は、空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころという意味である。『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」と記されている。実際は積雪のピークで、それゆえ、この時節から寒さが峠を越え、衰退し始めると見ることができる。地域によっては春一番が吹き、鶯の鳴き声が聞こえ始める。
雨水は昔から農耕の準備を始める目安とされる。雪が解けて土壌が柔らかくなり、種まきや田植えの準備がしやすくなる。この時期に結婚式を挙げると夫婦の絆が強くなる。
雨水の期間の七十二候の初候が、日本では「土脉潤起(つちのしょううるおいおこる」で、雨が降って土が湿り気を含む。中国では初候が「獺祭魚(かわうそうおをまつる)」で、獺が捕らえた魚を並べて食べる。
『氷室』2026年2月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇四)初春(時候)
【獺魚を祭る】 獺の祭 獺祭 獺祭魚
中国では獺が魚をとらえて自分の周囲に並べておき、ちょうど神に供えているように見えるとして、これを獺祭と呼んだ。唐代の詩人李商隠が、尊敬する詩人の作品を短冊に書き、左右に散らして詩想に耽り、自らを「獺祭魚庵」と号したことから、書物の散らかる様という意味が生じた。
正岡子規は死を迎えるまでの約七年間、結核を患い、寝返りを打てない苦痛を麻痺剤で和らげ、俳句、短歌、随筆を書き続け、後進の指導をし、「獺祭書屋主人」という別の号を用いた。子規は筆名である。子規忌は糸瓜忌あるいは獺祭忌ともいう。
かわうそは「川獺」または「獺」という字を使う。イタチ科の哺乳類で、体長約七〇センチ、尾長約五〇センチである。川や湖の近くにすみ、体は流線形をなし、上面が暗褐色、下面が淡褐色である。尾は基部が太く、指の間に水かきがある。
巣穴は乾いた陸上にあるが、主に水中で活動し、魚、蟹などを捕って食べる。夜行性である。北アフリカ、ヨーロッパ、アジアに分布し、ユーラシアカワウソ、コツメカワウソなどがいる。日本に生息したニホンカワウソは絶滅した。かわおそ、おそ、うそなどとも呼ばれる。
旭酒造(現在は株式会社獺祭)の三代目当主桜井博志は酒の名に「獺祭」を使った。岩国市周東町の獺越の地名と子規のように進取の精神で酒を造ろうという思いである。
『氷室』2026年3月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇五)仲春(時候)
【彼岸】 お彼岸 入彼岸 彼岸過
彼岸は日本の雑節の一つで、春分と秋分を中日(ちゅうにち)として前後各三日の七日間、一年に一四日間が彼岸である。この期間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼ぶ。
彼岸の最初の日を「彼岸の入り」最後の日を「彼岸明け」と呼ぶ。中日に先祖に感謝し、前後六日は、悟りの境地に達するのに必要な六つの徳目「六波羅蜜」を一日に一つずつ修める。
彼岸の語源は、サンスクリット語のPāramitā(ハラミタ)の意訳で、pāram(彼岸に)ita(到った)という意味による。「彼岸」は、悟りに至るために越えるべき渇愛や煩悩を川に例えた向こう岸に涅槃があるということによる。
浄土思想の「極楽浄土」(阿弥陀如来が治める浄土の一種、西方浄土)は西方にある。一年に二度、昼と夜との長さが同じになる春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈む。西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせる。昼夜と東西が平行になるお彼岸の時期には「あの世」への門が開くと言われている。
彼岸の行事は日本独自のもので、インドや中国の仏教にはない。日本古来の土俗的な太陽信仰や祖霊信仰が起源であろうと推定されている。
日本で彼岸に供える「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、うるち米ともち米を炊いて軽くついてまとめて餡で包む。彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来する。
『氷室』2026年3月号掲載用
季語つれづれ 番外(二〇六)仲春(時候)
【春社】 社日 社日様 社翁の雨
社日(しゃにち)は、日本の雑節の一つである。産土神(うぶすながみ、生まれた土地の守護神)を祀る日で、春と秋にあり、春のものを春社(しゅんしゃ、はるしゃ)、秋のものを秋社(しゅうしゃ、あきしゃ)ともいう。古代中国に由来しており、「社」は土地の守護神、土の神を意味する。島根県安来市社日町などに地名として残る。
春分または秋分に最も近い戊(つちのえ)の日が社日となる。ただし戊と戊のちょうど中間に春分日、秋分日が来る場合(つまり春分日、秋分日が癸(みずのと)の日となる場合)は、春分、秋分の瞬間が午前中ならば前の戊の日、午後ならば後の戊の日とする。またこのような場合は前の戊の日とする決め方もある。
この日は産土神に参拝し、春には五穀の種を供えて豊作を祈願し、秋にはその年の収獲に感謝する。また、春の社日に酒を呑むと耳が良くなるという風習があり、これを治聾酒(じろうしゅ)という。
地域によりかなり異なるが、社日が早く来る年は豊作になると言われたり、社日には田畑に入ってはいけないと言われる地域もある。社日には神社に参拝に行くという風習が各地にある。参拝の方法は異なる。多いのは鳥居のある神社七社に歩いて参拝に行くという風習である。社日参り、七鳥居参りと言われる。八つの八幡社に参拝するとか、五社参り、十二社参りなどもある。