5.          -戦争の季語を詠む- 8月

歳時記を読む 俳句を詠む(5)-戦争を詠む-  『人権と部落問題』2023年8月号

尾池和夫

 黛まどかさんが2022年の3月頃、平和を詠む俳句を公募する京都発のイベントを企画した。それを「Peace – 平和」をテーマにして今でも募集を続けている。平和を願うことばが言霊となって平和を導くことを真に望むというコメントが付いている。その冒頭にまどかさん自身の俳句がある。

白鳥の帰りゆく地を思ひをり  黛まどか

 まどかさんからの要請で私も口火を切る数人の方たちの俳句に混じって次の句を詠んだ。

向日葵や元は国境無き地球  尾池和夫

 また、JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さんも次の句を詠んだ。

戦火の中の子どもを想う螢の夜  中村桂子

 ウクライナへの軍事侵攻が続く中、平和を祈ろうという趣旨で世界40か国から英語やフランス語などの800句ほどが寄せられ、その中の約180句が京都市上京区の梨木神社の境内に短冊に書かれて展示された。

「私は戦争が生理的に嫌いである」と書いたことがある。こころからそう思っているがそれでどうすることもできないという疑問もある。しかし戦争のない世界が実現することを願う気持ちは強い。

戦争や紛争が起こる原因にはいろいろある。民族の争いは考えの違いから起こる。宗教の争いも考え方の違いから起こる。資源の争い金、ダイヤモンド、石油、ウランなど、鉱物資源めぐって起こる。武力で人を支配しようとするグループが起こす争いもある。政治の争いは独裁政権が続いて内戦が起こる。領土の争いは国境線が実態と合わなかったり明確でないときに起こる。そして実際は複数の問題が絡み合って紛争や戦争が起こる。

国境という線と国別に色分けした世界地図で地球が表されるようになった歴史を私ははっきりとは知らない。自然国境は河川などで区切られる。人為国境は峠の国境に礎石を立てて決める。そもそも地球の空間は連続していて、自然地理学的な障害を除けば元来人間や物体の自由な移動を許容するはずである。1648年のヴェストファーレン条約では、主権国家は明確な領域を持つこととされて、国境線が地表上に設けられることになった。国境線ができたことで、それを巡る新しい紛争の元が生まれた。

 今、私は『新氷室歳時記』を編集している。そのためにどの季語を採用するかという基準が必要であるが、季語は江戸時代以来の俳句界の歴史を持っているのであまり主観的な変更を加えることが避けなければならない。しかし結社の主宰としての信念もあり、どうしても採用できない季語もあれば、どうしても加えたい季語もある。そこで一つひとつ検討しながら例句を入れる作業をしている。今回はその過程の中から、戦争に関連する季語と例句を取り上げてみることにした。

 私が参考としているのは『角川俳句歳時記』の四季と新年の5冊である。季語が時候、天文、地理、生活、行事、動物、植物の七部に分けられて収録されている。戦争に関連する季語はこの中の行事の部にあるのでそれらを拾い出すと次のようになる。

晩夏には原爆忌、原爆の日、八月六日、広島忌という季語がある。この中で広島忌という季語については、広島は死んでいないという意見がある。

鳩高く高く旋回広島忌  尾池和夫

その他には、復帰の日が初夏にあり、仲夏に慰霊の日、沖縄忌という季語がある。

初秋には原爆忌、原爆の日、八月九日、長崎忌がある。また同じく初秋に終戦記念日、終戦日、終戦の日、敗戦日、八月十五日がある。

木も草も空も大地も原爆忌  尾池和夫

冬には十二月八日という季語があり、歳時記によっては開戦日があるが、私はこれを季語として採用していない。開戦を鼓舞する句があるからである。

十二月八日の朝の鐘凍る  尾池和夫

 いずれにしても俳句では戦争を無くそうという精神で詠んでほしいと思う。太平洋戦争の最中にはさまざまな立場があったが、終戦後にはだれもが平和を願う句を詠んだ。

 

広島の原爆ドーム 田中勝撮影

 

 

歳時記を読む 俳句を詠む(6)-気候変動を詠む- 『人権と部落問題』2023年9月号

尾池和夫

氷河時代は、地球の気候が寒冷化し、地表と大気の温度が長期にわたって低下する期間で、極地の大陸氷床や高い山の地域の氷河群が存在したり拡大したりする時代である。北半球と南半球の両方で広大な氷床が存在する。長期に及ぶ氷河時代のうちの寒冷な気候の期間を氷期と呼び、氷期と氷期の間の断続的な温暖期を間氷期と呼ぶ。

一番最近の氷河時代は今から二五八万年前の更新世に始まった。それを第四紀氷河時代という。グリーンランド、北極、南極大陸に氷床が存在していることからそのように呼べる。そして今の氷河時代は約一〇万年ごとに氷期と間氷期が訪れ、それが交互に繰り返していることがわかっている。日射量の変化がその原因の中で大きい。日射量というのは地球に降り注ぐ太陽のエネルギーで、その量の増減が一〇万年の周期で繰り返している。太陽の周りを回る地球の軌道が変化するために起こる現象で、発見した研究者の名をとって「ミランコビッチサイクル」と呼ばれている。

ミランコビッチサイクルによって、日射量が増えると気温が上がって氷が融けて海水面が上がる。一度温暖化が始まると地球上の二酸化炭素やメタンなどの濃度が上がり、さらに温暖化が進む。南極などの古い氷の中に閉じ込められた空気を分析してそれがわかる。ところが現在の温暖化のスピードは速い。今まで一万年で四度から七度上がっていたのが、最近、二〇世紀後半から、その一〇倍の速さで上がっていることがわかった。かつて経験したこともない急激な温暖化の時代に私たちはいる。

温暖化が進むと海面が上昇すると考えられる。海面が一メートル上がると日本の海岸の九〇パーセントはなくなってしまう。例えば大阪では、北西部から堺市にかけての海岸線が水没し、東京では、江東区、墨田区、江戸川区、葛飾区のほぼ全域が水没する。陸地が少なくなるので中山間地や海上に住む場所が作られることになる。

更新世に始まった氷河時代では、まず北半球の氷床が拡大し始めた。それ以来、地球では四万年と一〇万年の時間で周期的に氷床の発達と後退を繰り返してきた。これらは氷期と間氷期、あるいは氷床拡大期や氷床後退期などと呼ばれる。現在の地球は間氷期にあり、最新の氷期は約一万年前に終わった。その時の大陸氷床がグリーンランド氷床と南極氷床、およびバフィン島に残っている。

予測によれば、次の氷期が始まるのは、人為的な地球温暖化がないとしても、少なくとも今から五万年後になるだろうと言われている。化石燃料の利用が続くと、増加する温室効果ガスに由来する人為的な影響が地球の軌道変化による影響よりも大きいかもしれないと考えられている。

最新の氷期は八〇〇〇年以上前に終わったが、そのときの影響は風景に残っている。カナダの北極諸島、グリーンランド、ユーラシア大陸北部や南極大陸では移動する氷が風景を残した。迷子石、ティル(氷礫土)、フィヨルド(峡湾)、ケトル湖、モレーン(氷堆石)、カール(圏谷)、ホルン(氷食尖峰)などと呼ばれる景色がある。また、氷床は重く、地球内部の地殻とマントルを変形させる。氷床が解けて無くなった後、氷に覆われていた陸地がゆっくりと隆起する。スカンジナビア半島などでの隆起の中心では一年に約一センチの割合で観測される。

 また最新氷期を超えて生き延びた生物が日本列島には多い。例えばミツガシワ(三槲)がある。三槲は多年草で、日本を含め北半球の、主として寒冷地に分布し、湿地や浅い水中に生える。地下茎を横に伸ばして広がる。亜寒帯や高山に多いが、京都市の深泥池や東京都練馬区の三宝寺池など暖帯の一部にも孤立して自生する。これらは最新氷期の生き残りであり、残存植物と呼ばれる。この水生植物群落は天然記念物に指定されている。

 杉は日本固有であるが最新氷期を生き延びた裏杉は雪に強い。杉は北海道には自生しないが、本州の太平洋側には表杉が、日本海側には裏杉があり、屋久島には屋久杉がある。特に隠岐諸島には最新氷期を生き延びた動植物がたくさん生息しており、隠岐ユネスコ世界ジオパークの見どころにもなっている。

億年を氷河に漂ひゐたる石  有馬朗人

裏杉は雪抱かせず隠岐島後  尾池和夫

 

隠岐島後の裏杉

 

歳時記を読む 俳句を詠む(7)-自然災害を詠む- 『人権と部落問題』2023年10月号

尾池和夫

 日本列島の自然の特徴はと聞かれたとき、私は「地震と噴火とそれらによる津波です」と答えている。地震の研究者としての視点から、どうしても日本列島の大地の特徴のことを考えてしまうからであるが、自然災害というともちろん地表から上の大気圏のことも含まれる。台風などの熱帯性低気圧や豪雨、竜巻や突風、地表の崖崩れや地すべりなどによる災害もある。参考のために中央防災会議の説明を引用すると「我が国は、その位置、地形、地質、気象等の自然的条件から、台風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、高波、竜巻、暴風、がけ崩れ、土石流、地すべり、地震、津波、火山噴火等による災害が発生しやすい国土となっている」とある。

 今年は一九二三年九月一日の関東大震災から一〇〇年である。それを記念して防災をテーマにしたさまざまな行事が行われている。六月二一日には、関東大震災のときの朝鮮人虐殺について学ぶ集会が東京永田町の参院議員会館で開かれた。人権問題に取り組む市民団体などで構成された実行委員会が主催した。通常国会でも参院の内閣、法務委員会で虐殺を巡って質問があった。政府側は「さらなる調査は考えていない」と後ろ向きの答弁を続けたが、この問題は忘れることなく、真相解明を深めていかなければならない。

 自然災害を詠むための季語はたくさんある。まず、大災害をきっかけに生まれた記念日がいくつかある。関東大震災の日は現在では「防災の日」と定められていて、この日を含む一週間が「防災週間」として毎年防災のための行事が全国で行われている。この「防災の日」も季語になっている。「震災忌」という季語で詠む人も多い。一九九五年一月一七日の阪神淡路大震災、二〇一一年三月一一日の東日本大震災は忘れられない大災害である。これらを記念日として俳句に詠む人も多いが、これを認めていくと、大地震の多い日本ではやがて毎日が記念日になってしまう。

一一月五日は「津波防災の日」と定められている。二〇一五年の第七〇回国連総会本会議でこの日を「世界津波の日」と定める決議が全会一致で採択された。この日は、嘉永七年(安政元年)一一月五日の安政南海地震による津波が和歌山県をおそった日で、濱口梧陵が稲わらに火を付けて暗闇の中、逃げ遅れている人びとを高台に避難させて救ったという逸話が基になった。この物語は世界に伝わっており、その現場を見学に来る外国人もいる。

 行事の季語から、自然だけでなく戦争などの人による災害も含めて、八月号と重なるが、季語を列挙してみたい。今、私が主宰する氷室俳句会では『新氷室歳時記』の編纂を行っているので、その原稿に現在掲載されているものを例として紹介すると、次のようになる。春の行事の季語では、ビキニデー、三月一日(水爆実験により第五福竜丸が被爆)、三月十日、東京大空襲の日(大規模の空爆による死者一〇万名)、夏の季語では原爆忌、八月六日、広島忌(原爆で亡くなった広島の人びとの忌)、慰霊の日、六月二十三日、沖縄忌(沖縄戦で亡くなった沖縄の人びとの忌)、秋の季語では、原爆忌、八月九日、長崎忌(原爆で亡くなった長崎の人びとの忌)、防災の日、九月一日、震災の日、関東大震災忌(関東大震災で亡くなった人びとの忌)がある。

 一方、大災害を引き起こすことのある自然現象を詠む季語も多い。夏の季語では、梅雨があり、その傍題には荒梅雨などの言葉もある。出水、梅雨出水、夏出水、出水川などの季語も災害に関連する。秋には秋出水がある。野分も台風も季語である。颱風、台風圏、台風の眼などの傍題でも詠まれる。また、二百十日、厄日、二百二十日の季語も詠む。

日本列島には雪が多い。中緯度でこれほど雪の多い国は珍しい。吹雪、地吹雪、雪崩も詠む。風もある。春疾風、春嵐も災害になることがある。時には春一番も日本海では大荒れになる。春二番、春三番と季語が続く。

これらの季語をどのように採用するかという議論を新氷室歳時記編集委員会では続けている。その議論の中で自然災害だけではなく、戦争など人による災害で多くの人びとが亡くなっていくことが多いことを改めて考えさせられている。

餓鬼の飯とりわけ旅の震災忌   小林康治

琴の音のしづかなりけり震災忌  山口青邨

菰巻は津波の高さ浜離宮    尾池和夫

 

鎌倉大仏。前方へ南15度、東に1尺辷り、下方に1尺7寸落込んだ。国立科学博物館蔵

 

伊豆半島伊東の津波の跡。国立科学博物館蔵

 

 

歳時記を読む 俳句を詠む(8)-地球環境を詠む- 『人権と部落問題』2023年11月号

尾池和夫

日本の環境省のウェブサイトの最初には、「今日の環境問題は、国民の日常生活や通常の事業活動から生ずる過大な環境負荷が原因となっており、その解決には、大量生産・大量消費・大量廃棄型の現代社会の在り方そのものを持続可能なものへと変革していかなければなりません」とある。そして、こうした変革を具体化するため、環境省は次のことを行う。「(1)廃棄物対策、公害規制、自然環境保全、野生動植物保護などを自ら一元的に実施するとともに、(2)地球温暖化、オゾン層保護、リサイクル、化学物質、海洋汚染防止、森林・緑地・河川・湖沼の保全、環境影響評価、放射性物質の監視測定などの対策を他の府省と共同して行い、(3)環境基本計画などを通じ政府全体の環境政策を積極的にリード」する。

 地球温暖化について議論した「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書(2013~2014年)」によると、陸域と海上を合わせた世界平均地上気温は、1880年から2012年の期間に0.85℃上昇した。最近30年の各10年間は、1850年以降のどの10年間よりも高温を記録している。18世紀半ばから19世紀にかけて起きた産業や社会構造の変革である産業革命以来、人は化石燃料を燃やしてエネルギーを使い、それによって経済的は発展をとげた。それによって大気中のCO2濃度が産業革命前に比べて40%増えたといわれている。

さらに報告書は未来を予測している。もし温暖化対策をとらなかったとしたら、20世紀末頃(1986年~2005年)と比べて、21世紀末(2081年~2100年)の世界の平均気温は、2.6~4.8℃上昇するという予測であり、厳しい温暖化対策をとった場合であっても、0.3~1.7℃上昇する可能性が高いという予測である。さらに、平均海面水位は、最大82cm上昇する可能性が高いと予測された。

海面上昇の実測値がいろいろと報告されているが、過去約120年間の海水面の推移を、大地の変動が安定している世界23地点の平均から求めた1880年からのグラフを見ると、ほぼ直線的に上昇しており、21世紀の初め頃には20cmほど海面が高くなっている。

20世紀後半になって地球の温暖化の研究が積極的に行われたが、とくに1988年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立され、学際的な研究が活発に行われるようになった。今では、地球の気候は温暖化しているということ、また、それが人の活動によって引き起こされているということは、ほぼ完全な科学的コンセンサスが得られている。2019年時点で、最近の文献上での合意は99%以上に達した。国や国際的な科学団体の中で、気候変動に関するこの科学的コンセンサスに反対する団体は存在しない。さらにコンセンサスは気候変化の影響から人々を保護するために何らかの形の行動を取るべきであるという見解に発展してきている。米国の国立科学アカデミーは、世界中の指導者に地球規模の温暖化ガスの排出削減をするべきだという声明を発表した。

科学的な議論は、査読が行われる科学学術雑誌の論文上で行われている。科学者たちはIPCCの報告書で、これらの議論に関して、数年ごとに評価しており、IPCC第6次評価報告書(2021年)では、気候変動が人間によって引き起こされていることは「疑う余地がなく明確である」と述べられた。

この数年は新型コロナウイルス感染症対策でたいへんであった。地球の温暖化による気温上昇で、直接的に死亡率や熱中症が増える。これは温暖化以外の要因が一定ならば因果関係は明白である。その他、WHOは、温暖化の原因と人の健康に関するさまざまなリスクについてもまとめたが、その中には感染症に関連することもある。

豪雨や水害、干ばつなどの気象災害や地球温暖化の影響を考える中で、環境の危機による生物多様性の喪失が一方で大きな問題となっている。アメリカ合衆国バード大学教授のフェリシア・キーシング博士は、生物多様性と人獣共通感染症の伝播リスクとの関係を解き明かした貢献が高く評価されて、2022年の「コスモス国際賞」を受賞した。生物多様性は地球にとって何故必要なのか。キーシング博士の研究成果からその答えを見いだして行きたいと思っている。「自然と人間との共生」が地球温暖化対策にとっても、また生物多様性の保全にとっても、やはり基本的な思想となっているのではないかと思う。

水の地球すこし離れて春の月  正木ゆう子

小手毬や碧い地球は誰のもの    尾池和夫

 

2022年度コスモス国際賞授賞式で、フェリシア・キーシング博士(中央)、御手洗富士夫国際花と緑の博覧会記念協会会長(左)と筆者(右)