『幸雨』連載22-24 2020年10月-12月

 

ジオパーク吟行案内(二二)

 

鳥海山・飛島ジオパーク

                   尾池 和夫

 

鳥海山は多くの絶景のある雄大な活火山であり、信仰の山としての歴史を持つ。山頂は、山形県飽海郡遊佐町吹浦にあるが、広大な山麓は二県に拡がり、三つの市と一つの町がある。秋田県側に、にかほ市と由利本荘市、山形県側に、遊佐町と酒田市がある。それら三市一町が推進協議会を立ち上げて、地域が持つ資源を活かしつつ、行政区を越えた広域での連携体制を作って活動を始めた。自治体の連携を生み出すのもジオパークの役目の一つである。

飛島は、山形県酒田市の北西方向にある山形県唯一の離島である。島全域が鳥海国定公園に入っている。島内に天然記念物が一〇か所あるが、コンビニ、スーパー、タクシー、バス、そして信号機などがない。そして川がない。そのような条件での人びとの暮らしと歴史、文化を楽しむことができる島である。飛島では、徒歩、レンタル自転車での散策となる。とびしまコンシェルジュに、島内ガイドを依頼するのがいい。

春、キクザキイチゲ、オオミスミソウ、五月にはハマナス、六月にはトビシマカンゾウ、夏にはクルマユリと、春から夏にかけて飛島ではさまざまな花を楽しむ。五月六月が最盛期で、野の花を眺めながら歩くのがいい。その見どころが、初夏に咲く飛島甘草である。鮮やかな黄色の花で、自生するのは飛島と酒田市の一部、佐渡に限られている。

周囲は約一〇キロという小さい島に大きな樹がある。椨(ダブノキ)や松の巨木で、椨の北限である。川のない島では保水力のある常緑樹が重要で、住民が植林して守る。

飛島の西方約一キロにある烏帽子群島は、日本海が広がった時、海底火山の活動によって噴出した熔岩が、ゆっくりと冷えて固まるときにできる柱状節理が多い島々である。岩が黒っぽく見えるのは鳥海山と同じ安山岩である。柱状節理と海猫の繁殖地で、鳥海国定公園特別保護地区となっている。

柱状節理を島の人びとは「材木岩」と呼ぶ。弘法大師が酒田から飛島へ橋を架けようとして失敗したときの木材が岩になった。この群島の海は透明度が高く、スキューバダイビングや磯釣りの場所として人気がある。

もう一つの御積島は、飛島本島よりも高い標高七二メートルで、同じく火山活動による流紋岩でできている。鳥海 国定公園の特別保護地区に指定されていて、島の北側の海抜五メートルにある海食洞の内部は龍の鱗で、黄金の龍神様の聖地として島の人びとや船乗りの信仰を集める。海猫、冠海雀、善知鳥の繁殖地が天然記念物となっている。海食洞の岩の成因は、繁殖する海猫の排せつ物の燐である。

飛島は、日本屈指の渡り鳥の中継地である。飛島で記録された野鳥の数は三〇〇種にのぼる。対馬や能登の舳倉島が渡り鳥の中継地として昔から知られており、同じように日本海にある飛島を、日本野鳥の会山形県支部の人たちが調査して、やはり渡り鳥の宝庫だとわかったという。

 

宮沢林道の横臥褶曲:鳥海山・飛島ジオパーク推進協議会

 

鳥海山・飛島ジオパークのテーマは「日本海と大地がつくる水と命の循環」である。この水と命の循環を間近に観察することのできる自然が広がる。地域の人びとが、この豊かな自然や文化を次の世代に引き継ぐためにという思いで活動を続けている。飛島で海を楽しみ、鳥海山で山を楽しむ。鳥海山のジオサイトをいくつか紹介したい。

 

まず、甌穴である。約一〇万年前の鳥海山の噴火で、大量の熔岩が流出し、その上を流れる子吉川の水が一気に熔岩の末端の崖を流れ落ちる。落差約五七メートルの滝がある。滝は三段で、三の滝の岩盤に柱状節理が見られる。三の滝を登り、一の滝、二の滝の近くに行くと、岩に円形や楕円形の、直径三〇センチから二メートルの穴がたくさんある。砂や礫を含んだ急流が、岩の割れ目などで渦を巻いて形成されたポットホール(甌穴)である。甌穴越しに滝や鳥海山の山頂を見る。

檜山滝は、沢内川上流部にあり、柱状節理が階段状に発達した上を流れる滝で、落差約五〇メートルである。

ボツメキ湧水は、標高七一三メートルの八塩山の東の急な斜面がゆるい斜面に変わるところにある。一日に約九〇〇トンの水が湧き出す。水温は摂氏九度で、地域の水道水として利用され、「ボツメキビール」が製造される。

竜ヶ原湿原は、祓川登山口に位置し、標高一一八〇メートルにある。東西約四〇〇、南北約三〇〇メートルの広さの湿原で、木道を通る登山ルートがあり、一〇万年の地球の歴史を歩く。この湿原は高層湿原で、低温多湿で栄養塩類の乏しい所にできる湿原である。

宮沢林道の褶曲露頭では、奥羽山脈や出羽丘陵が形成された力の強さを実感できる。幅約二〇メートル、高さ約五〇メートルの布団をたたんだような「横臥褶曲」が見られ、日本の地質構造一〇〇選(日本地質学会)の中に選ばれている。            (「氷室俳句会」主宰)

 

 

ジオパーク吟行案内(二三)

 

八峰白神ジオパーク

                   尾池 和夫

 

 八峰白神ジオパークは、世界遺産である白神山地の豊かな大地と、鰰を育てる海とを結ぶジオパークである。白神山地に立ち入るのには、専門家でもかなり面倒な手続きで許可を貰うことが必要であるが、秋田県側のこのジオパークから白神山地へ向かうと十分にその山地を知ることができるのが最大の特徴である。

ジオパークの事務局は、秋田県山本郡八峰町の八峰町産業振興課内に置かれている。日本海と世界自然遺産白神山地に囲まれた自然の豊かな町と全体を紹介している。「白神山地の恵みに生きる」をテーマにしおり、日本海が形成される前からの大地の変化、白神山地や日本海からの恩恵を受けて暮らす人々の歴史や文化を、海岸から山にかけて連続して見る。

八峰町全域がジオパークの地域で、二〇か所のジオサイトがある。山毛欅の原生林を一望するという体験ができる。ガイドを予約してジオサイトを巡るモデルコースが六つ用意されており、その中からまず「白神山地・二ツ森登山コース」に従って世界遺産の白神山地を見渡してみる。このコースの時期は春から秋で、もちろん積雪時期は不可である。二ツ森山頂(一〇八六メートル)から、秋田、青森に広がる世界遺産地域を見渡すことができる。

白神ふれあい館集合で、そこから車で約五〇分、青秋林道の終点で白神山地保護の歴史を学ぶ。近くの登山口から片道一時間で山頂へ登る。所要時間は四時間、ガイド一名八〇〇〇円で一〇名まで対応する。

次に「白神山地・留山散策コース」である。次期は前のコースと同じで積雪時期は不可である。留山は標高一六〇から一八〇メートルでありながら、山毛欅が生い茂る森である。遊歩道が整備されており、比較的気軽に白神山地の魅力に浸りながらの散策を楽しむ。山毛欅の幹に熊の爪痕ある。留山に入山するためには、荒廃を防ぐなどの目的のため、かならず八峰町白神ガイドの会の同伴が必要である。

 白瀑(しらたき)神社駐車場に集合して、車で約三〇分の移動である。留山の山毛欅の巨木、山毛欅と藤蔓の生存競争を観察し、留山の名前の由来を学び、地すべり地形と山毛欅林の関係を知るための滞在時間約一時間を含めて、全体の所要時間二時間のコース、ガイド一名四〇〇〇円で一〇名まで対応する。

一方、日本海を見るためには、「滝ノ間海岸コース」を選ぶ。こちらは一年中楽しむことができる。滝ノ間海岸は夏の海水浴や釣りを楽しむ人でにぎわう。ガイドに従うと海岸に隠れて見過ごしがちな場所を観察できる。

謎の洞窟は崖にある大きな穴であるが、崩落の危険があるため中には入れない。スフィンクス人面岩がある。人面に見えるスポットに立つ。ぺぺライト謎の多い岩石というサイトがある。涛安(とあ)の乙女と呼ばれる乙女像を見てコースが終わる。

 

白神山地を見渡す

 

 海を見る次のコースは、秋田名物の鰰である。「八森ハタハタの海岸コース」がある。「秋田名物はちもりハタハタ」と唄われる鰰の海岸沿いを散策する。歩く大地と鰰の関係を探る。鰰の漁期は一二月ごろであるが、年によって多少変化する。八森の海岸で、漁期には漁の様子を見ることができて、浜に座り込んで鰰を網から外す作業を詠む。真瀬川河口に鰰が接岸する様子も詠む。九〇メートルに及ぶ柱状節理は秋田県指定天然記念物である。また、かつての鉱業所から流れ出た黒い鉱滓(カラミ)による「ブラックサンドビーチ」を観察する。はちもり観光市鮮魚市場の見学も組み込まれている。

 

飛び砂と人々の生活の歴史をみるのが「砂丘コース」である。八峰町の一部に砂丘が広がる。その砂丘ができるまでの過程を知る手がかりの場所にガイドが案内する。かつてこの砂丘地に暮らした人々と、飛び砂とのたたかいの歴史を知る。ポンポコ山周辺の砂丘、産直施設「おらほの館」、砂で埋もれた水田、砂丘できる過程のわかる露頭を観察し、十八石で飛び砂と人々の暮らしの歴史を知る。また、蝦夷倉の遺跡で住居遺跡を見学する。

六つ目は、大地と波のはたらきを見る「段丘地形を追うコース」である。八峰町の海岸部に階段状に発達した海岸段丘が見所である。波によって大地が削られてできる地形である。段丘面の高さが場所によって大きく違うのを、町内を巡りながら見て大地の動きを体感する。八峰町役場駐車場から車で移動し、約三時間のコースである。

白瀑神社の滝、段丘地形の遠望、チゴキ崎段丘面の高さ比べ、須郷岬段丘面の高さ比べ、良く似た峰のかたちと段丘面の高さ比べというコースである。海岸段丘の全貌を見るために貴重なコースとなっている。

秋田県には、前回の鳥海山・飛島ジオパーク、さらに、ゆざわと、男鹿半島・大潟の四つのジオパークがあり、連絡協議会が学術的な面から支援する研究助成事業を実施し、広く研究課題を公募する。   (「氷室俳句会」主宰)

 

 

 

ジオパーク吟行案内(二四)

 

アポイ岳ジオパーク

                   尾池 和夫

 

北海道日高東部にある様似町には、世界に類を見ない橄欖岩の山と渓谷がある。そして、固有の高山植物群落、地形が生み出した良港、その港が交易の拠点となって栄えた歴史と文化がある。アポイ岳ジオパークでは、この様似の大地の遺産、豊かな自然環境、歴史と文化を学ぶ。二〇一五年にユネスコ世界ジオパークに加盟を認められた。

アポイ岳ジオパークの主題は、地球深部からの贈りものがつなぐ大地と自然と人々の物語である。地球規模の大規模変動で地下深部から地表に移動してきた橄欖岩を見る。その橄欖岩がアポイ岳を形成した。

主題を具体化して三つのサブテーマがある。まず、橄欖岩から大地の変動を学ぶテーマである。日高山脈は一三〇〇万年ほど前、二つの大陸プレートの衝突によってできた。衝突でマントルの一部分が突き上げられて地表に現れた。幌満橄欖岩体と呼ばれ、その岩体の山がアポイ岳そのものである。地球深部のマントルから貴重な情報を持って来た、地球の歴史から言うと「新鮮な」橄欖岩であり、世界の研究者がやってくる。このジオパークには、プレート衝突の現場、マグマが冷え固まった奇岩類、南の海から運ばれてきた岩石、いずれも大地の変動を学ぶための情報を持っている。それをガイドが解説する。

二つ目のテーマは、アポイ岳の高山植物から学ぶ自然環境である。アポイ岳の特殊な土壌、気象、地理環境によって、低い場所に高山植生が成立している。日高草などの、ここにしかない花を含む多くの固有植物が生育している。アポイ岳の高山植物群落は国の特別天然記念物に指定されている。高山植物の他にも、固有種の蝸牛であるアポイマイマイ、日本ではここだけの蝶であるヒメチャマダラセセリ、最新の氷河期の分布域に孤立して生き延びたエゾナキウサギなど、多様で貴重な生態系が保存されている。

三つ目のテーマは、地域の歴史、自然と人の共生である。 様似海岸の親子岩、ソビラ岩、エンルム岬などには奇岩類があり、それらが造った景観が日高の海岸の中でも際立っている。奇岩類にまつわるアイヌの言い伝えが残されている。エンルム岬は、風をやわらげる天然の良港であり、北前船の要衝として発展した。司馬遼太郎著『菜の花の沖』では、「神々の国」として登場する。

ここを訪れるための基本として、日高山脈襟裳国定公園を紹介する。日本最大の国定公園である。北海道の背骨で ある日高山脈の脊梁部、広尾町から襟裳岬にかけて続く海食崖の海岸線、橄欖岩でできたアポイ岳一帯、これら三つの地区で構成される自然公園である。総面積は一〇三四平方キロメートルである。国定公園では、保護の必要性に応じて、「特別保護地区」「第一~三種特別地域」「普通地域」の五つの規制区域が設定されている。「特別保護地区」と「第一~三種特別地域」では、工作物の新増改築、広告物の設置、岩石や高山植物の採取などを行う場合には、北海道知事の許可が必要である。

 

昆布干す橄欖岩の砕石に 和夫

 

写真:様似町ウェブサイトより

 

ガイドの指示を守って吟行する。まず、様似海岸エリアである。エンルム岬の展望台からアポイ山塊と様似の街並みを見て全体像を把握する。さらに、日高山脈の脊梁や襟裳岬を一望する。エンルム岬は島であったが、砂がたまって陸続きとなり、陸繋島となった。崖には節理があり、浜には最上級の日高昆布が干されている。

 

親子岩とソビラ岩の前の砂浜は、夏は海水浴客とキャンプの人でにぎわう。沖合にある三つの岩が親子岩、アポイ岳と並ぶ様似のシンボルであり、夕日が絶景である。冬のある時に、三つの岩の間に夕日が沈み、写真家が集まる。

橄欖岩を生み出したプレートは、東側の北米プレートと西側のユーラシアプレートの、地球の二大プレートである。それらが衝突して、めくれ上がって地表に出てきた。月に行った人類も、未だに地下のマントルには行けない。その岩石を研究者に届けてくれたプレート運動である。

アポイ岳は、軽装備でも登れる山で、登山口は海岸線から一キロ内陸の標高八〇メートルにある。しかし、そこから中勾配を七〇〇メートル登るから、体力は必要である。登山口から針広混交林の中を登り、さまざまな草本植物を楽しむ。五合目の山小屋から森林限界、橄欖岩の露地にハイマツが広がる。高山植物がこの辺りから目立つ。

新富エリアには、アイヌの家屋「チセ」が復元されている。木を組んだ骨組みに葦などで屋根と壁ができている。囲炉裏の熱が地面や壁に蓄えられる。この辺りにアイヌコタン(集落)があった。様似のアイヌは北海道東部から日高山脈を越えて移入した。

 日本列島の四三のジオパークは、地形、地質とそこに成り立つ自然、人の歴史と文化を守り、学び、活かすことを目的とする。ユネスコ世界ジオパークと、日本海側にある北前船の航路をたどり、ジオパークの一部を紹介した。吟行の参考になれば幸いである。 (「氷室俳句会」主宰)