尾池和夫の記録(272) 季語つれづれ番外97-120 2021年5月-2022年6月
テーマ:俳句

『氷室』2021年5月号掲載用
季語つれづれ 番外(九七)晩春 植物
【片栗】
 本州中部以北から北海道に自生する多年性草本である。四月下旬から五月中旬にかけて開花する。「片栗」の漢字は、食用にする根の鱗片が栗の片割れに似ていることからあてられたと言われている。
 濃厚ではないが、春らしいほのかな甘い香りを放つ。夏に落葉し、赤い実をつけ、秋には若葉をつけ、初冬には蕾をつけ、そのまま越冬するという、少し変わった生き方をする植物である。夏に落葉することから「ナツボウズ」とも呼ばれる。樹皮が柔らかく、丈夫で、鬼でも縛れるという意味で「鬼縛り」とも呼ばれる。
 球根から片栗粉(かたくりこ)を採っていたが、現在販売されている片栗粉の大部分は、馬鈴薯澱粉である。他にも小麦や玉蜀黍の澱粉が流通している。片栗の球根から取った片栗粉は消化がよく、病後の滋養用に使われ、飲食が進まぬ病人には片栗粉を湯で溶かして飲ませていた。
 料理では、揚げ物の衣を付けるための調理用粉や、麺類に使用することが多い。中華料理では餡掛けに多用され、酢豚は私の大好物である。竜田揚げ、から揚げ用粉としても多用する。片栗粉はカリッと揚がる。
 歳時記では「明るい林などに群落を作るユリ科の多年草の花。早春、一対の葉を広げて花茎の先端に淡紫色で花弁の付け根に濃紫色の斑点のある花をつけ、うつむきかげんに咲く」というように表現されている。

『氷室』2021年6月号掲載用
季語つれづれ 番外(九八)初夏 植物
【バナナ】 甘蕉、実芭蕉
 バナナはバショウ科バショウ属のうち、果実を食用とする品種群の総称で、その果実のことをいう。いくつかの原種から育種された多年性植物で、熱帯から亜熱帯の地域で栽培されるトロピカルフルーツである。種によっては熟すまでは毒を持つものもあるという。果実は最初下に向って成長し、後に上に向かうので湾曲する。
 古くは芭蕉と呼ばれ、食するものは実芭蕉とも呼ばれた。漢名は香蕉、葉の繊維を主に利用するイトバショウは同属異種である。バナナの原産地は東南アジア、熱帯アジアであり、栽培の歴史はパプアニューギニアから始まったと言われている。
 バナナは草本である。園芸学上は野菜に分類される。高く伸びる部分は偽茎(仮茎)と呼ばれる。これは葉鞘が重なりあってできている。茎は地下で横に這う。バナナの花(花序)は偽茎の先端から出て、ぶら下がる。大きな花弁に見えるのが苞葉で、果指の部分が本当の花である。果指一つが一本のバナナに成長し、果房が房になる。開花は一本の偽茎に一回のみで、開花後は株元から吸芽を出して枯れる。熱帯からの輸入のバナナは、害虫の侵入を防ぐため、青いバナナしか通関できない。日本に入ってから温度調整などによって追熟され、黄色くなってから出荷される。沖縄、奄美大島、石垣島で「島バナナ」が生産されているが、これらは七月から九月が旬で、小粒で甘い物が多い。

『氷室』2021年6月号掲載用
季語つれづれ 番外(九九)初夏 植物
【蒟蒻の花】
 蒟蒻の花は、四年芋以上作付けされた物に咲くので、蒟蒻の花は珍しい。蒟蒻芋は一年芋、二年芋、三年芋とあって、産地では三年栽培し、三年芋を出荷し、洗浄後、薄くスライスして乾燥させて製粉する。蒟蒻工場では蒟蒻粉を練り、石灰の粉を混ぜて煮て蒟蒻となる。
 蒟蒻の花は、五月の中旬から六月上旬に、紫がかった海老茶色の変わった形の花が咲く。丈が約一メートル三〇センチになる。花が終わってから葉が地下から出て来る。
 「蒟蒻植う」は晩春の季語、「蒟蒻の花」は初夏の季語、「蒟蒻掘る」は初冬の季語で、蒟蒻玉、蒟蒻玉掘る、蒟蒻玉干す、蒟蒻干すなどの傍題がある。「蒟蒻氷らす」は晩冬の季語で、氷蒟蒻、氷蒟蒻造るなどの傍題がある。
 蒟蒻は独特の食感を持ち、一旦凝固させたコンニャクは水溶性を持たず、強い弾力を示す。カロリーは三〇〇グラム(一枚)で二一 キロカロリーと非常に低い。蒟蒻のおでんに二グラムの練り辛子をつけた場合、練り辛子の方がカロリーが高い。
 蒟蒻を食用する地域は、日本、中国、ミャンマーなど、アジア各国である。貴州省、雲南省、四川省などで少数民族が多い地域でよく食される。それらの地では「魔芋」「魔芋豆腐」という名称のほうが一般的である。
 英語で「Devil's tongue(悪魔の舌)」と呼ばれるが、和食ブーム、低カロリー食品として欧米にも広がりつつある。

『氷室』2021年7月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇〇)晩夏 植物
【凌霄の花】凌霄花 凌霄花 のうぜんかづら
 ノウゼンカズラ科の蔓性落葉樹で、七月から八月に橙色の漏斗状の花が咲く。花の先端は五裂して開く。直径六から七センチの花になる。
 古名が「ノウセウ(陵?)」または「ノセウ」で、訛って「ノウゼン」となった。また蔓が他の木に絡み攀じ登るため「カヅラ」の名がついた。古くは「まかやき(陵?)」とも呼ばれた。「ノウセウ」については凌霄(りょうしょう)の朝鮮読みである「ヌンソ」の訛りとする説がある。
 漢名の凌霄花は「霄(そら)を凌ぐ花」の意である。漢詩では他に絡むので愛の象徴とされる。現代の中国語では「紫?(z? w?i)」と呼ばれる。英語ではトランペット・フラワーと呼ばれる。
 花は暖地で晩夏から秋にかけて大量に形成され、落花すると蜜がたれて周りを湿らす。その蜜にメジロや蜂が集まる。蜜には毒性があると言われることがあるが、根拠のない俗説である。新梢に房となって花が枝元から次々と咲く。
 花は毎日咲いては散る。花が終わった新梢をそのままにしておくと樹勢が衰えるので剪定が必要である。鳥媒花で、ハチドリがホバリングしながら嘴を花の中にさし込んで蜜を吸う。
 花や樹皮は、漢方薬で利尿や通経に使われる。園芸品種が複数存在し、ピンクや黄色などの花色もある。

『氷室』2021年7月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇一)三夏 植物
【梯梧の花】 海紅豆
 梯梧は、インド原産のマメ科の落葉高木である。四月から五月に、葉よりも早く直径五から八センチの真っ赤な蝶形の花を多数開く。幹や枝に太い刺があり、花の盛りに木全体が赤く見える。インドやマレー半島が原産で、日本では沖縄県が北限とされる。鹿児島県奄美群島の加計呂麻島の諸鈍海岸では約八〇本の並木道となっている。各地に梯梧の大木が見られるが、これらは交易船の航海の目印とするためなどで沖縄から植栽されたものだという。
 梯梧の一種である海紅豆は、ブラジル原産でアメリカ梯梧ともいわれる。梯梧より寒さに強く、本州の暖地に植樹されている。 
 梯梧は落葉性であるが、木全体が落葉することはなく、花が咲く枝が落葉する傾向がある。枝先に穂状に花が咲く。葉は大きな幅の広い葉を三枚つける三出複葉である。木は太くなるが高くならず横に枝を張る。材は加工しやすいので漆器の材料となる。
 梯梧は沖縄県の県花である。『島唄』で「咲き乱れ風を呼び嵐が来た」と唱われる。梯梧が立派に咲いた年は台風の当たり年だという言い伝えがある。
 根本や根からも芽が出るので人家の庭には植えられることは少ない。沖縄では「やしきこーさー(屋敷壊さー)」と呼ばれる。これは、根の力が強いために家の近くに植えると、根が伸びて家を傾かせてしまうからである。

『氷室』2021年8月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇二)仲夏 植物
【桑の実】 桑いちご
 桑の実は、桑いちごとも呼ぶ。桑はクワ科の落葉高木で、実は、初め赤く、やがて七月から八月に紫黒色に変じて熟す。多汁で甘い。
 日本ではクワといえばヤマグワを指す。薬草園にある桑はマグワで、薬用ではクワといえばマグワを指す。ヤマグワはマグワの代用品という位置付けである。
 桑の実は、クワ科クワ属の落葉樹の実の総称である。かつて養蚕が日本では盛んであった。各地に桑畑の名残がある。接木で繁殖させるため各地で独自の品種が育成され、様々な品種が生まれた。自生のヤマグワもある。英語ではマルベリー(Mulberry)、フランス語ではミュール(Mure)という。
 桑の実には強い抗酸化作用がある。ポリフェノールが多く、ビタミンEも多い。可食部一〇〇グラムあたりの成分は、米国農務省国立栄養データベースよりに記載されている生のマルベリーの場合(五訂日本食品標準成分表には記載がない)、ビタミンEとCとが、それぞれ〇・八七ミリグラムと三六・四ミリグラムである。また、カリウムも一九四ミルグラムある。
 多少未熟で紅紫色の果実を桑椹(そうじん)という。焼酎(三五度)一リットルに桑椹三〇〇グラムを漬け、冷暗所に3か月ほど保存して桑椹酒を作る。低血圧、冷え症、不眠症などの滋養目的に、就寝前に盃1、2杯飲む。

『氷室』2021年8月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇三)仲夏 植物
【楊梅】 山桃 やまうめ
 楊梅(やまもも)は、山桃とも書き、また、やまうめとも呼ぶ。楊梅はヤマモモ科の常緑高木で、暖地の山地に自生し、雌雄異株である。樹形が良いので、公園や庭に植えられることが多い。四月ごろ、数珠つなぎに小さなピンクで、花弁四枚の目立たない花をつける。実は夏に赤く熟して、直径一から二センチの球形となる。
 甘酸っぱい味があり、独特の樹脂の香りがある。雌株につく果実は六月頃に紅色から暗赤色に熟し、食べられる。表面に粒状突起を密生する。
 ヤマモモの原産地は、中国大陸や日本で、暖地に生育し、暑さに強い。日本では関東以南の低地や山地に自生している。本州南部以南では、海岸や低山の乾燥した尾根など、痩せ地で森林を構成するので、重要は樹種である。中国では江蘇省、浙江省が産地で、とりわけ寧波市に属する余姚市や慈渓市、あるいは温州市甌海区が古くから知られた産地である。千年に及ぶとされている古木が多く残っている。
 静岡県伊東市の蓮着寺にある「蓮着寺のヤマモモ」は国の天然記念物である。高知県ではシイラ漬漁業に使うシイラ漬の下に、葉が付いたヤマモモの枝を垂らしておいて、隠れようとする小魚を誘き寄せ、小魚を目当てに集まってくるシイラを巻き網で捕るという漁法がある。高知県の県の花、徳島県の県の木、知多市、西都市、那珂川市、下松市の市の木に指定されている。

『氷室』2021年9月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇四)三秋 動物
【稲雀】
 稲が実ると、田圃(たんぼ)や掛稲に雀が群れをなしてやってくる。鳥威しなどで脅すと一斉に逃げるが、すぐまた戻ってくる。
 雀は一般的に、米を食べる害鳥とされており、人間と雀の関係は稲作の開始とともに始まったと言える。穀物の好きな雀が、人間の米作りを見逃すはずはない。一方、人間は雀を追い払うために案山子、鳴子、反射テープ、鳥追いの儀式など、長い闘いの歴史を繰り返してきた。
 雀は稲が熟れてできた米を食べるだけではなく、籾の中で米がまだ固くならない状態でも吸う。米の味わい方を良く知っている。
 雀の撃退方法は、基本的には鴉と同じである。小面積で利益が勝るなら防鳥ネットを張るのが効果的である。雀は鴉より小さく、網の目の大きさ、網と地面の隙間にも注意する。古くから対策として考案された案山子は、本物の人間に似ている方が効果的で、マネキンも活用される。
 雀用の麦畑を用意する例が沖縄大東諸島にある。酒を染み込ませた穀類を食べさせて雀を酔わせて捕獲する例が鳥取市にある。
 一方、雀は田の雑草の種子も食べ、春から夏の繁殖期には害虫を食べて、稲の収穫量を上げる貢献もある。
 稲の敵には、鹿や猪もある。猪は寝転がるようにして稲を倒して米を食べる。

稲雀散つてかたまる海の上  森澄雄

『氷室』2021年9月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇五)三秋 植物
【椋鳥】 椋鳥(むく)
 全長は二四センチほどで、雀と鳩との中間ぐらいの大きさである。尾羽を加えると鵯より一回り小さい。翼と胸、頸は茶褐色で、頸から頭部にかけてと腰に白い部分が混じる。足および嘴は黄色い。雄は、胸、腹、背が黒っぽく、雌は褐色に近い。
 東アジア(中国、モンゴル、ロシア東南部、朝鮮半島、日本)に分布する。日本国内では、ほぼ全域に分布する留鳥で、北部のものは、冬に南部に移動すると考えられている。低地の平野や低山地にかけて広く生息する。都市部などの人家付近や田畑などでもよく見かける。
 椋鳥は雑食性で、植物の種子や果物、虫の幼虫などを食べる。地面を歩いて虫を探し、木の枝に留まって柿の熟した実をついばむ。椋の木の実を好んで食べるため「椋鳥」と呼ばれるようになったと言われるが、椋に限らず幅広く食べる。稲田の害虫もよく食べる益鳥である。巣箱をかけてやると、よく入る。
 繁殖期は春から夏で、木の洞や人家の軒先などの穴に巣を作り、両親で子育てを行い、両親が揃って出掛けて食糧を探し、仲良く歩き回る。雛が巣立つと親子ともに集まって群れを形成する。夜は広範囲から一か所に集まってねぐらを形成し、冬は数万羽の大群となることもある。都市部の街路樹などにねぐらを形成する場合もあり、大量の糞による汚染被害、鳴き声による騒音被害が社会問題となる。

双塔の暮れゆく椋鳥を浴びにけり  加藤楸邨

『氷室』2021年月10号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇六)晩秋 動物
【鵯】 鵯
 鵯は、白頭鳥ともいう。スズメ目ヒヨドリ科ヒヨドリ属に分類される鳥類の一種である。日本、サハリン、朝鮮半島南部、台湾、中国南部、フィリピンの北部(ルソン島)に分布する。日本国内では留鳥または漂鳥としてごく普通に見られるが、他の地域では生息数が少ない。
 鵯の「ヒーヨ」という鳴声が名の由来で、大きな声が個性である。果実や花の蜜など、甘いものを好み、特に柿、枇杷、蜜柑などの果実を食べ、桜の花の蜜なども吸う。食欲旺盛で独占欲が強く、蜜を吸う他の鳥を追い払う。
 例えば雀は桜を盗蜜する。つまり花をちぎって蜜だけを奪う。これは花粉の媒介とはならない。一方、鵯は顔を花に突っ込んでいる。蜜を吸った結果、顔が花粉で染まり、花粉を運んでくれる存在となる。さらに種を遠くに運んでくれる役割を持つ。
 鵯は渡り鳥でもある。短い距離を移動するほか、北海道、本州以南の長距離移動するものもいる。冬は日本の南の方や平地で過ごし、夏は山地や北海道などの涼しい場所で過ごす個体がいる。全部が渡りをするわけではなく、夏でも平地で見られる鵯もいる。冬に比べると数が少ない。夏山にいる鵯は繁殖期で警戒心が強く観察が難しい。
 仔飼いにすると非常によく慣れ、飼い主を見分けることから平安時代は貴族の間で盛んに飼われ、個体名が付けられた。鵯越の地名は渡りの場所だったことによる。

『氷室』2021年10月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇七)晩秋 植物
【烏瓜】
 烏瓜の花が開花する様子を観察するのがおもしろい。夕方、一七時頃は莟である。一八時頃、少し開く。一八時半、もこもこした感じに膨れる。一八時四五分、拡がってくる。一九時、もじゃもじゃになる。一九時五〇分、開花である。翌朝には花はしぼんでいる。
 雌花の花芽は普通は五弁で、たまに四弁や六弁のものもある。後部に反り返り、縁が白く紐状になって、まるでレースのハンカチのように伸びる。直径一〇センチにもなる。翌朝、日の出前に花は萎む。花が目立つのは、受粉のため夜行性の蛾を引き寄せるためで、大型の雀蛾を呼ぶ。花筒が長く、長い口吻を持つ蛾でないと花の奥の蜜に届かない。
 雌の株にのみ果実ができる。果実は直径五ないし七センチの卵型である。楕円形や丸いものなどがある。縦に縞模様のある緑色で、一〇月以後に熟して、オレンジ色や朱色になる。蔓が枯れると実のみがぶら下がっている。中には蟷螂の頭に似た黒褐色の種子が入っている。
 烏瓜の原産地は、中国と日本で、日本の本州、四国、九州に自生している。雌雄異株であり、一つの株には、雄か雌か、どちらかが付く。手紙を意味する玉章の別名を持る。
 日本の漢方薬では烏瓜と同属の黄烏瓜の根を止渇、潤肺に使う。生薬名は「?楼根(カロコン)」で日本薬局方に収載される。根から採る澱粉は天瓜粉で、ベビーパウダーの役割として、古くから汗疹を予防するために使われてきた。

『氷室』2021年11月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇八)晩秋 植物
【落花生】 南京豆
 中国名も落花生である。花は九月。生薬名は、落花生(ラッカセイ)、落花生枝葉(ラッカセイシヨウ)、落花生油(ラッカセイユ)がある。種子に脂肪油、サポニン、ビタミンなどがある。
 南米原産とされるが世界各地で栽培されている。南米から東アジアを経由して江戸時代に日本に渡来した。
 一年草で、茎が根元で分枝して広がり、花は無柄の黄色い蝶形花で、花が咲く前に自家受粉する。花の数日後に子房柄が下へ伸びて地中に潜り込み実がなる。
 日本の地方名では、沖縄方言の地豆(ぢまめ、ジーマーミ)、唐人豆(とうじんまめ)、異人豆(いじんまめ)、鹿児島県のだっきしょ(落花生)、長崎県のドーハッセン、ローハッセン(落花生)、高知県の底豆などがある。「ジーマーミ豆腐」は、落花生を使った沖縄県や鹿児島県の郷土料理である。
 千葉県では、収穫した落花生を乾燥させるために円筒状の野積みを作る。ボッチ積み、豆ぼっち、落花生ぼっちなどと呼ばれる。千葉県を代表する作物の落花生の秋の収穫期の畑に、たくさんのぼっちが並んで独特の景観を作る。ぼっちによる乾燥は、産地での栽培経験から生み出された日本独自のものである。
 北海道から東北地方、宮崎県、鹿児島県では、節分の豆まきに、他の地域のように大豆ではなく落花生を撒く。

『氷室』2021年11月号掲載用
季語つれづれ 番外(一〇九)三冬 天文
【霜】 霜の花 霜の声 青女 大霜 深霜 強霜 朝霜 夜霜 霜晴 霜雫 霜解
 霜の別称である青女は『淮南子』の「天文訓」にあり、霜や雪を降らすという女神で、転じて霜のことになった。
 空気と接触している物体の表面の温度が霜点(温度が摂氏〇度以下のときの露点のことと定義されている)よりも低くなると、空気中の水蒸気が昇華して、物体の表面に微細な結晶構造の氷になる。この結晶が霜である。霜が発生することを「霜がおりる」「霜が降る」と表現する。
 霜柱は、地中の水分が地表に染み出して柱の形に凍るもので、霜とは異なる現象である。
 霜は、冬の寒さが厳しい地域で一般的に見られる現象で、内陸部では放射冷却が起こりやすく、最低気温が低いのでよく発生する。風が弱く、晴れて放射冷却が発生し、気温が約五度以下になった朝には、地面付近の温度が〇度以下となり、霜が降りる。
 寒候期の最初の霜を初霜、最後の霜を終霜といい、気候学上、初霜から終霜までを霜期間、終霜から初霜までを無霜期間と呼ぶ。
 風が強いときや雨や雪が降るときなどには、霜は発生しにくい。谷底など、冷気が溜まりやすい場所は、「霜道」「霜穴」などと呼ばれる。霜はあらゆる場所にできる。例えば積雪の表面にもできる。しかし、草や木の葉や茎、地面、建物や車の窓などに付着したものが目立つ。

『氷室』2022年1月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一〇)三冬 生活
【焼藷】 焼芋 石焼芋 焼藷屋
 焼いた甘藷(さつまいも)で、石焼藷を売る声には季節感がある。焼藷は栗に近い味ということで八里半、または栗より(九里四里)うまい十三里ともいう。店では「焼芋」と表記される場合が多い。
 焼芋は江戸時代からある。当時、腰の高さほどある壺の中に炭を入れて、壺の内部の空気を熱して焼く中国伝来の壺焼方式が一般的であった。熱した石で焼く石焼芋は戦後、昭和二六年、三野輪万蔵によって考案されたと伝わっている。石焼芋は、壺焼に比べて短時間で大量の処理が可能である。三野輪は、ラーメン屋の経験を生かして、道具をリヤカーに乗せて移動販売を行い、現在に至る移動販売の原型となった。
 冬の日に枯葉を集めて燃やす焚火の最後に、芋を入れて焼く焼芋も楽しみの一つであった。最近は焚火が街中ではできない。
 壺焼では遠赤外線の輻射熱を利用して低温で長時間かけて調理する。じっくり熱を加えられた芋は、デンプンの酵素分解が促されて甘味が強くなる。最近、また軽トラックの壺が目新しく、人気が出ている。また、健康志向の追い風で焼芋ブームが到来している。
 甘藷は初秋の季語で、すでに『氷室』で紹介した。一六世紀末に宮古島に伝わり、享保年間に青木昆陽が関東に普及させた。第一一次朝鮮通信使が朝鮮半島に伝えた。

『氷室』2022年1月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一一)三冬 植物
【万両、千両、百両、十両、一両】
 花は夏の季語であるが、万両、千両、百両、十両、一両は赤い実を付け、古来、正月の縁起物とされている。
 万両は、千両より沢山実が付くことから名前が付いたと言われている。園芸種には白や黄色の実がある。
 千両は、山林の半日陰に自生する常緑小低木で、花は黄緑色で小さく、果実は球形で赤く熟する。千両は葉の上のに実をつけ、鳥に食べられやすく、万両は葉の下に実をつけて垂れ下がり、千両よりも重みがあると言われる。
 カラタチバナ(唐橘)は、サクラソウ科ヤブコウジ属の常緑小低木で、葉は常緑で冬に赤い果実をつけ美しいので、鉢植えなど栽培もされる。寛政年間に葉に斑が入ったものが大流行し、百両単位で取り引きされたことから百両と呼ばれる。流行は数年で終わり、江戸時代後期に再燃した。現在、新潟県と島根県を中心に、栽培が続けられている。
 ヤブコウジ(藪柑子)は林内に生育し、栽培もされる。十両ともいう。細く長い地下茎(匍匐茎)が横に這って、先は直立する地上茎になる。
 アリドオシ(蟻通し)は、アカネ科アリドオシ属の常緑低木で、一両とも言う。千両、万両とともに植えて、「千両万両有り通し」と称して正月の縁起物とする。刺が細長く、蟻でも刺し貫くということから、あるいは刺が多く、蟻でないと通り抜けられないということからという、名の由来には二つの説がある。

『氷室』2022年2月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一二)三冬 天文
【冬の雲】 冬雲 凍雲 寒雲 富士の笠雲
 冬はシベリアから強い寒気がやって来て、日本海側では曇りの日が多く雪が降る。低いところに雲ができるため一層空がどんよりする。太平洋側では山から乾いた風が吹いて来るため、乾燥して晴れる日が多い。晴れた冬の空は雲が少なく、秋よりも空が高く見える日が多い。
 正岡子規は、「春雲は綿の如く、夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く、冬雲は鉛の如し」と表現した。この鉛のごとき雲が凍雲である。凍雲は積雲の一種で、空の低い位置にできるのが特徴である。輪郭がボヤけて空に低く広がる。
 畝雲は畑の畝みたいに広がる層積雲の一種で、層積雲の中でも特徴的な形をしている。筋状の雲と気象情報の説明に出てくるが、これは冬型の気圧配置でできる雲の群を人工衛星から大きく見て筋状という意味である。
 「富士山が笠をかぶると雨」という諺がある。高い的中率を誇る諺である。水蒸気を多く含んだ強風が富士山に吹きつけ、山腹に沿って上昇気流が起き、山頂で雲が発生する。風下側では下降気流となって雲粒が消える。笠雲は、高層雲が厚くなってできる。これが発生している時の富士山上層の風は強く、雲は常に入れ替わっている。
 つるし雲というのも冨士山に発生する。これは、山頂を通り過ぎた上昇気流が回転して、富士山の風下に雲を作るもので、同じ場所に浮かんで見える。月平均一回程度、しかも数分から数秒と短い間の現象である。

『氷室』2022年2月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一三)三春 天文
【春の雲】 春雲
 春の空に浮かぶ雲で、春の初めはあわあわとした雲であり、春が深まるにつれ、空にぽかっと浮ぶ雲が見られる。清少納言は「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」と表現した。少し明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいている景色がいい。
 春の空は霞んで見える。霞むのは、大陸から黄砂が飛んで来たり、植物の芽吹きで空気中の水分が多くなることが原因である。昼と夜の変わり目などに空気中の水分が水滴になって白く霞む。
 おぼろ雲は、中層から高層にできる雲で、輪郭がはっきりしない。灰色の感じで空全体に広がる。すじ雲は巻雲の一種で、高層にできる雲である。巻雲が広がって太陽の周りに日暈が見えることがある。日暈は巻雲が氷の粒でできている場合に起こる。
 春だけに特徴的という雲は存在しないが、強いて言えば綿をちぎったようなふわふわした積雲が多い。晴れた日に発生する。綿雲とも呼ばれ。上部がもこもこしてよく変形し、雲底は平たくあまり上下しない。上に向かって成長し、下や横には成長しないのが積雲の特徴である。
 水蒸気の凝結が始まる高度を「対流凝結高度」というが、遠くから積雲を眺めると、雲底が揃って遠くに雲が群がるように見える。その底が対流凝結高度である。

『氷室』2022年3月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一四)仲春 植物
【ものの芽】 芽
 もろもろの草木の芽の総称で、特定の草木の芽ではない。春の息吹を詠む。「芽」にはいくつかの意味がある。植物学では未発達の枝のことを指す。茎の先端や幹と葉の間に発生する。一度できて休眠するものもあり、直ちに新しい枝を形成するものもある。芽が芽鱗(がりん)と呼ばれる葉の変形したもので包まれている場合がある。芽鱗はゴム状の物質で覆われている。芽が成長すると落ちて幹の表面に芽鱗痕を残す。芽鱗のないものは裸芽と呼ばれる。
 さまざまな芽があり、花芽(かが)は花となり、葉芽(ようが)は茎や葉となり、腋芽(えきが)は葉のつけ根にできる。隠芽(いんが)は隠れた芽で春になると出てくる。
 発芽は、植物の種子や零余子から芽が出ること、また胞子や花粉などが活動を始めることを指す用語であり、萌芽(ほうが)は樹木の冬芽や切り株からの芽生えのことを指す。「ものの芽」という季語はこれらをすべて含んでいる。草の芽、名草の芽という季語もある。
 具体的な植物の芽もそれぞれに季語となっている。牡丹の芽、薔薇の芽、蕗の芽、木(こ)の芽が初春の季語、柳、山椒、楓、?、枸杞、菊、芋、蔦、蘆、真菰の芽が仲春の季語である。独活(晩春)は芽そのもので芽独活とも詠む。木(き)の芽和(三春)のときには読み方が変わる。その他にも芽と付く季語には、冬芽(三冬)、麦の芽(初冬)、土用芽(晩夏)がある。

『氷室』2022年3月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一五)晩春 植物
【柳絮】 柳の絮 栁の花 柳絮飛ぶ
 柳は花が咲いた後、綿毛のような実を結び風に乗って綿毛が雪のように飛ぶ。特に北京の柳絮が有名である。日本の柳の多くは、種子の綿毛が少ない品種で、北海道の移入種以外では柳絮が発生しない。
 北京では、春先に枝垂れ柳や楊(ポプラ系の柳)が白い綿毛を帯びた種子を飛ばす。華北で限られた時期にしか見られない。「柳絮飛時花満城」(蘇軾)などの詩に詠まれている。観光案内書にも「柳絮は北京の風物詩」と書かれている。
 北京の柳絮は年によって量が異なっている。ほぼ四月下旬から五月の連休のころに飛ぶ。春の短い北京ではそのころ気温がかなり高くなっていて汗ばむほどの日がある。そのときに柳絮が飛ぶと、目や鼻に綿毛が入って口も開けられなくなる。道にたまった柳絮は風で団子になって転がってごみとなる。特に大学のキャンパスには柳や楊が多いのでたいへんである。
 静止画像では牡丹雪のように見えるが、牡丹雪よりはるかに軽いので柳絮は宙を舞っている。吸い込むと呼吸器に障害を起こす。柳絮アレルギーの人は激しい発作を起こす場合がある。北京ではマスクを着用して吸入を防ぐ人が多いという。
 柳絮は極めて着火しやすい。乾燥している時は危険で、火を捨てて一気に燃え広がる火災が後を絶たない。

『氷室』2022年4月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一六)晩春 植物
【山葵】 山葵田 山葵沢
 山葵は日本独特の薬味であるが、最近、海外でも使われるようになり、ヨーロッパ産の「山山葵」、日本産の「本山葵」と区別して呼ばれる。殺菌作用と消臭作用が知られる。刺身や寿司に使用されるのは安全に美味しく食べるために役立つからである。独特の辛味成分が食中毒を防ぐ効果を持っている。優れた抗菌作用や消臭作用のほか、抗酸化作用、血流の改善、美肌効果、がんの抑制作用などの機能を持つことが分かってきた。
 静岡県では豊富な水を生かして県内各地で山葵が栽培される。伊豆半島、南アルプスに水源を持つ安倍川や大井川の流域、富士山の湧き水に恵まれた御殿場市や小山町などで栽培されており、日本一のわさび産地である。伝統的な農法を継承した静岡県の水わさび栽培が、二〇一七年に農林水産省の「日本農業遺産」に、二〇一八年に国連食糧農業機関の「世界農業遺産」に認定された。
 山葵栽培は四〇〇年ほど前、静岡市有東木地区で始まった。駿府城で晩年を過ごした徳川家康が献上山葵を気に入り、有東木から門外不出にしたという説がある。江戸時代中期に伊豆地域へ伝わり、「畳石式」と呼ばれる山葵田が考案された。大中小の石を積み上げ、表面に砂礫を引いた複層構造である。用水が表層を流れ、内部へ浸透することで不純物が?過され、同時にに栽培に適した摂氏八ないし一八度を保つ。

『氷室』2022年4月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一七)仲春 植物
【野蒜】 野蒜摘む
 野蒜は春の代表的な山菜の一つで、古来から薬草としても用いられてきた。滋養強壮に役立つ。地下の鱗茎を含めた全草に大蒜に似た含硫化合体が含まれているが大蒜よりは弱い。日本食品標準成分表では、水分八七・五、脂質〇・一、繊維一・二、灰分一・〇パーセントである。
 葉と地下にできる鱗茎が食用となる。鱗茎は地下五から一〇センチにある。土壌の養分が十分な場所で栽培されたものは根が大きい。葉は柔らかく筒状で、内側が凹んだ浅い溝状であり、断面が三日月形をしている。
 零余子の散布以外に球根が盛んに分球して繁殖する。
 鱗茎を夏に掘って天日乾燥したものが生薬で、薤白(がいはく)と呼ばれる。同類の中国の植物名を当てて山蒜(さんきん)とも呼ばれる。狭心症の痛みの予防、食べ過ぎによる食欲不振など、辣韮と同様の効果がある。辣韮の薬草名も同じ薤白である。薤白一日量三から五グラムを、約六〇〇CCの水で半量になるまで煮詰めて煎じた汁を三回に分けて服用する利用法が知られている。
 民間療法として、強壮、鎮咳、扁桃炎、咽頭炎にも効果があるともいわれ、鱗茎の乾燥黒焼き粉末を砂糖湯で服用する方法が知られている。外用薬として、ぜにたむし、はたけ、しらくも、腫れ、虫刺されなどに対して含硫化合体の制菌作用によって治りが早まる。生の全草をすりつぶして患部に塗る方法も知られている。

『氷室』2022年5月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一八)初夏 時候
【若夏】 わかなち 夏口
 若夏(わかなつ)は南島の初夏の季語である。四月末の穀雨のころから五月はじめにかけての時節で、陰暦四月の稲の穂の出るころをいう。「わかなち」とも発音する。沖縄の初夏は夏口(なつぐち)ともいう。
 夏井いつき「おウチde俳句くらぶ」の「俳句季語辞典」には、「古代沖縄でイネの穂の出るころをいう。死語ではあるが、琉球歌謡にはあらわれる」という説明があるが、現在でも盛んに使われている言葉で、沖縄俳句歳時記の季語にもあり、一九七三年(昭和四八年)五月三日から四日間にわたって開催された沖縄日本復帰記念の沖縄特別国民体育大会も「若夏国体」と呼ばれた。
 沖縄地方で古来より使われ、伝わっている琉球語を集めた、いわば琉球語の辞書である『混効験集(こんこうけんしゅう)』によると「四・五月穂出る比(ころ)を云(いう)」とあり、若夏は若々しい青々とした季節をイメージさせる季語である。また、「うりずん」と混同されることがあるが、「うりずん」は旧暦二月から三月のころをいい、若夏はこの後にやってくるという説明が正しい。
 大石芳野のフォトエッセイ『沖縄若夏の記憶』 (岩波現代文庫)は、戦争の傷跡や基地の悲劇を背負いながらも、おおらかに生きる沖縄の人びとや、七色の海、砂糖黍畑などを、復帰直後から島々をわたり歩いて撮り続けてきた著者の沖縄への熱い想いを綴ったものである。

『氷室』2022年5月号掲載用
季語つれづれ 番外(一一九)初夏 時候
【麦の秋】 麦秋
 麦秋は「むぎあき」とも「ばくしゅう」とも読む。麦の穂が実り、収穫期を迎えた初夏の頃の季節を詠む季語である。麦が熟して麦にとっての収穫の「秋」であることから名づけられた季節の呼び名である。その特徴は、雨が少なく、乾燥した季節であることで、すぐに梅雨が始まるので、二毛作の農家にとっては麦秋の季節は短い。
 七十二候では、二十四節気の「小満」の末候を「麦秋至」としている。
 麦は秋から初冬に種を蒔く。冬の間に地中に深く根を伸ばし、穂を出す準備をする。春を迎えた麦は、ぐんぐん成長し、五月下旬から六月に麦畑は黄色く色づきはじめ、菜の花のある所では緑と黄色の美しい景観を作る。梅雨前の季節が麦にとっての収穫の秋である。梅雨のない北海道では小麦の収穫時期は七月から八月になる。
 戦後、日本の麦生産の減少にともなって麦秋の風景を見ることが一時少なくなっが、食料の安定供給の観点や消費者の食の安全性に対する関心の高まりなどから、近年、国産麦に対する期待が高まってきた。それに応えて国立研究開発法人の農研機構でも新品種開発の研究が行われており、例えば麺類の食感に優れる早生で多収の小麦「ふくほのか」などが生まれた。これは従来の小麦品種「農林61 号」に較べてアミロース含有率が低く、うどんに適しており、関東以西の平坦地での栽培に適している。

『氷室』2022年6月号掲載用
季語つれづれ 番外(一二〇)初夏 生活
【新茶】 走り茶 古茶
 「茶摘」は、一番茶、二番茶、茶摘時、茶摘唄、茶摘籠とともに晩春、生活の季語であるが、「新茶」は、走り茶、古茶とともに初夏、生活の季語である。新茶は茶摘の後、茶揉などの一連の製茶作業を経て出来上がり、夏を迎えてから飲む。新茶が出ると一年前の茶が「古茶」となる。
 若い葉を指で丁寧に摘むのには女性が適しており、男性は重労働の茶揉に従事する場合が多い。一連の作業を短期間でこなすため、茶作りは一家総出の仕事である。茶摘唄を口ずさみながら掌や指先の感覚を研ぎ澄ませる。
 新茶の時期は、茶農家に一年に一度訪れる特別な季節である。立春から八八日数えた五月二日前後にあたる八十八夜の時期に、各地域で茶摘体験などの行事もある。
 茶の葉は、チャノキと呼ばれるツバキ科の木から育つ。チャノキから一番初めに出た葉が「新芽」であり、その葉を使って淹れた煎茶が「新茶」である。過酷な冬を乗り越えて春を迎えて芽吹いた葉は栄養を蓄えており、昔は滋養強壮、体調回復のために飲まれていた。新茶を飲むと一年間無病息災で過ごせると言われ、新茶は長寿につながると伝えられた。
 太陽光をあまり浴びていない新茶の葉は柔らかく、旨味の主成分であるテアニンが豊富で渋味が少ない。新芽の後、二番茶、三番茶が採れ、これらを総称して番茶と呼ぶ。番茶はさっぱりとした味わいである。