尾池和夫の記録(261) こころの未来から地球の未来へ  2018年5月F
 

京都大学こころの未来研究センター10周年記念シンポジウム基調講演
こころの未来から地球の未来へ
   尾池和夫(京都造形芸術大学学長、元京都大学総長)
       Kazuo OIKE

地球は10万年で大きく変わる
 京都大学こころの未来研究センター10周年、おめでとうございます。私は設置にかかわった者でありますが、その後も近くからずっと関心を持ってきました。今日はその間、自分が何をしてきたかということからお話をしようと思います。
 私は京都造形芸術大学で南インドから大きな石を輸入して「藝術立国之碑」という碑を建てたんです。その内容は天地人の思想が書いてあるのですが、それはともかく、大分の姫島ジオパークに行ったときに、「西村英一顕彰碑」というのがあって、これが同じ石だったのです。そこで村長さんに、これをどこから買いましたかと聞いたら、南アフリカから買ったと言うのです。そこから地球の歴史を考えるようになったと学生たちに話しています。というのは、南のほうで超大陸のゴンドワナ大陸ができたときに1つの岩盤ができ、それが2つに割れて、7000万年の間にインド亜大陸が北のほうへ行って、ヒマラヤ山脈を押し上げていく。この2つの石から地球の歴史を考えることができるというので、地球の歴史を振り返る材料にしているわけです(図1)。
 昔は、地球の南北はほぼ同じ面積の陸地があったんですけれども、南極大陸から大陸が離れていったために、現在は北半球に大陸が集中しておりまして、そのために地球が23.4度傾いて、氷河時代を迎えることになります。
 地球は10万年で大きく変わるのですが、徐々に冷えていっては急激に温暖化するということを繰り返していて、現在は急激に温暖化した後の寒冷化に向かっている時期です。あと10万年すると、また地球は凍ってしまう。そういう意味では、温暖化の心配をしなくてもどんどん冷えていきます。

世界最高齢の学士号取得者

 京都造形芸術大学では通信教育もやっていまして、6,000人ほどの学生がいます。学部の時代は生涯学習を受けることのできる能力を養って卒業してもらう。そして、生涯学習の要求に応えるような教育をしていきたいと思っているのですが、最近はウェブサイトだけでも卒業できるコースを1つつくりました。
 今年96歳の方が卒業されまして、世界最高齢の学士号取得者としてギネス世界記録の認定状をもらいました。国に帰られて、高松で陶芸教室を開いています。オーストラリアに97歳の修士の男性がいるので、この記録を破ってほしいと頼んでいます。最近その気になって、100歳まで教室をやったらまた修士に入りますと言ってくれています。皆さんもぜひ挑戦してほしいと思うんです。
 京都大学で長い間お世話になりましたが、現在までに、いろいろな方とお会いして、いろいろな話をしてきました。前サウジアラビアの国王が楽しい話をしてくれたのを思い出します。ポケット・マネーを1兆円出して新しい町をつくり、そこに新しい大学をつくっている。そこは特区にして女性も被り物をしないでもいいようにするんです、と夢を語ってくれました。今その大学が活動しております。

チンパンジーのアイちゃんの傑作

 京都造形芸術大学の学長になるというので、京都大学霊長類研究所の松沢哲郎さんが筆を渡して、チンパンジーのアイちゃんが私のためにお祝いに絵を描いてくれました(図2)。チンパンジーが何を考えながら、どういうこころで絵を描くかというのも1つの研究テーマです。私どもの大学に文明哲学研究所というのがありまして、松沢さんに所長を務めていただいております。そこで「人間とは何か」、「芸術とは何か」といったことを研究しているわけです。
 この絵は、私の学長室に掛けてあります。芸術大学ですから、世界的な絵描きさんが来ることがあるのですが、「この絵は実に素晴らしい」と必ずほめてくれるんです。チンパンジーもドヤ顔をしてみせる。松沢さんといいコンビでありますが、松沢さんは定年があるけれども、チンパンジーは定年がない。ですから、松沢先生が定年後も活動できるようにしています。
 また、京都大学の花山天文台にもお世話になっております。芸術をやるとき、太陽の反射光でもって作品を見るのが基本ですから、学生たちに、あそこで太陽のスペクトルをしっかり理解してもらおうと思います。われわれは最近、液晶パネルで、つまり人工光源の透過光で物を見る癖がありますが、ディスプレイで見ていると間違いに気がつかない。プリントして反射光で読み直すと間違いが見つかるのです。太陽のスペクトルをしっかり見ることで、作品をつくるときの参考にしてもらう。
 京大総長のときには、こころの未来研究センターをつくると同時に、「総長カレー」をつくったり、古代エジプトのビールを再現したビール系飲料をつくったりしました。これも順調に売上を伸ばしております。
 私は地震学者ですから、そちらの活動もずっとやっております。2013年に熊本に行きまして、日奈久断層帯が活動を始めている、いよいよ本番が近いというお話をしてきたのです。明治22年(1889)の熊本県大地震の調査報告というのがあって、実は、この熊本地震の被害写真が、日本で地震の被害を写真に写した最初なのです。そういうことを熊本の方はあまりご存じなくて、「くまもと文学・歴史館」には県の報告書が展示されているのですが、知事もご覧になっていなかった。今回の熊本地震の後、岩盤がずれる現象が現れ、畑がずれておりますから、これを未来に残すことを知事と考えているところであります。

学術会議をマンガで表現

 私は日本学術会議の外部評価の座長もやらせていただいております。うちの大学にはマンガ学科があるのですが、所属する2,000人の学会の皆さんに、外部評価の報告をマンガで見せるということをやりました(図3)。大変評判が良くて、山極先生から早速コピーがほしいというメールをいただきました。
 それで、学生に日本学術会議の報告書を読ませて、マンガに描いてもらうと、ちゃんと理解して描くんです。そういうふうにして、マンガの活用ということも試みているわけです。今年の卒業制作展は学術会議の副会長に見に来ていただきまして、今向井千秋さんが広報の担当ですけれども、学術会議ももっと広報に工夫しなければいけないといった議論をいたしました。
 自分もマンガをつくってみようと思って、『あっ!地球が…――マンガによる宇宙の始まりから近未来の破局噴火まで』という本をつくりました(図4)。恐竜が現れたり、ゾウがぞろぞろやって来たりということをマンガにしてみたんです。
 そういうわけで、今日の話は、「過去を学ぶ」ということを考えてみます。将来のために過去を学ぶわけです。私は俳句をやりますが、現在は「三現則」で詠むことがテーマでありまして、今の瞬間をいかに切り取るのかが大切です。近い将来の予測の精度を上げるためには、予測ではなくて、自分でデザインするのが一番であるということを大学でも主張しております。そして、ずっと将来にわたって考えると、やがて人類は滅びるので、戦争や文明の跡を残さずに、きれいな化石になってもらおうじゃないかということを考えているわけです。今日はそういうことを話題としてお話をしたいと思っています。

「KOKORO」を世界の共通語に

 10年前にこころの未来研究センターが誕生する前に、「京都文化会議――地球化時代のこころを求めて」というのをやりました。その最後で、これは継続的に研究をしていくテーマですよねという結論になり、そのための仕組みをつくろうではないかと、京セラの稲盛和夫さんと約束しました。それがこころの未来研究センターとして実現することになったわけです。
 そのとき、「こころ」は平仮名で書こうという議論をしました。そして、英語では「kokoro」と書こうじゃないかと。夏目漱石の小説『こころ』もKOKOROとして出版されていてイギリスで通用するからそれでいいんだということになって、Kokoro Research Centerができました。このときに申し上げたのは、この研究センターの活動を通じて「こころ」という言葉が世界の共通語になるようにしようということです。私どもの分野では「津波(tsunami)」とか「砂防(sabo)」という言葉が世界の共通語です。また、「マンガ(manga)」とかいろいろな言葉が世界で飛び交っていますけれども、「kokoro」も1つの概念として世界の共通語になるようにしようではないかということを言ったのです。それで「こころの未来」を読み取っていく、いろいろなものの「こころ」を考えていく、これが1つの方向でしょうといった議論をしました。
 実はこころの未来研究センターの関係者から十数人の教授のポストを用意してほしいと言われたのですけれども、たった5つしか用意できなくて申し訳ないなというスタートでした。最初のシンポジウムのとき、センターの教授の1人、カール・ベッカーさんの話が印象に残っております。「私たちはストレスも感じずに喜んでどんどん研究をしております。研究成果は山のように出ております」、これはいいことですよね。しかし最後に一言、「たった5人の先生で」。これがベッカーさんの言いたかったことです。それでも今のような発展を遂げられて、本当によく活動してこられたと思います。

美しい化石として

 そのシンポジウムの最後に申し上げたのが、人類があまりにも増え過ぎていて、総重量でいうと地球の上で一番重い動物になっているということです。あまり増え過ぎると、地球が自分を守るために滅ぼそうとする意思が働くかもしれない、地球にもこころがあるかもしれない、という議論をしました。
 それで、人間が絶滅したときのことを考えると、今のまま、戦争をしたり、ゴミをいっぱい増やしたりして、化石になる。化石というのは突然のカタストロフィーで生まれるものなんです。皆さんは博物館で化石を見て、「これで生物の歴史がわかってきたんだ」と思われるかもしれませんけれども、それは間違いであります。化石というのは突然ばっとできるのです。日常生活はほとんど化石に残っておりませんから、この動物はどういう生活をしていたのかはわからないわけです。それはともかく、人類もそのうちに突然滅びて化石となる。そのとき、美しい化石で残したいということを私の考えとして最後に申し上げました。
 これが10年前のことで、私は京都大学の後、国際高等研究所というところに移りまして、吉川先生にも皆さんにもずいぶんお世話になって、様々な研究の課題を探るという仕事をしばらくやっておりました。

20年前

 もっと遡って20年前のことを申します。私は地震学者ですから、20年前というと1995年の阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震のことを思い出します。
 20年前の1997年「今年の漢字」に「倒」が選ばれました。この漢字は個人的にも非常に関わっております。実は急性心筋梗塞で私自身が倒れたのです。図5は私の心臓の写真ですが、左上のところで詰まっている血管が、何とか助かって、血液が流れるようになった。しばらくすると再狭窄してまた死にかけて、ローターで中を削って血管を通したということを20年前に経験しております。
 こういう写真を持っている患者も珍しいと言われておりますが、医学部の先生から、「総長の心臓や」と言って戴きまして、こういうふうに使っております。もっと珍しいのは、手術を受けているところの写真も撮っています。フィールドワークをやっていると、何でもとにかく記録しようという精神が働くのです。そのころはやりのデジタルカメラを持ち込みまして、実習生に密かに渡して、「全部写真に撮っておいてくれ」と言ったので、この写真が残っています。左上のモニターに映っているのは私の心臓です。こういう写真が残っていて、ホームページに出ておりますから、心臓の血管に関係する学生さんや看護師さんが学習に使ってくださっております。
 そのときの記録として、『急性心筋梗塞からの生還』(宝塚出版)という本が出ております。20年前の本ですけれども、まだ中身が新鮮だということで、この前も京都国際会館で開かれた【会議?】の基調講演でやってくれと言われて、この話をしました。

100年後の予測

 ところで、昔、「報知新聞」で「100年後の予測」という有名な記事がありました(表1)。1901年に100年後を予測しようということで、いろいろなことが書かれています。これを100年経ってどれぐらい予測が当たっているかという見本に使って考えるわけです。この中には、ずいぶん見事に予測しているものもあれば、そうでないものもある。人と獣との会話が自在になるというのは、なかなか実現しない。さっきの松沢哲郎さんはチンパンジーと会話ができるそうなので、若干実現した人もいる。ジェーン・グドール(Jane Goodall)さんと松沢さんの2人はしゃべれるということであります。
 「幼稚園の廃止」というのは面白いですね。教育が非常に進歩して、幼稚園がいらなくなるという予測をしたのです。コンビニが生まれたり、ファックスや携帯電話ができたりというのは、けっこう当たっている。
 最後は「二十世紀は奇異の時代なるべし」と結ばれているのですが、それでは今から100年経つといったいどんな変化をするのか。今は変化がものすごく早くなっております。20年前、阪神淡路大震災が起こったころ、まだ携帯電話なんて誰も持っていなかった【持っている人はごくわずかだった?】んです。それが、20年経つとみんな普通にスマホを使っているわけですから、これから20年経つとどうなるのか。

2038年南海トラフの巨大地震

 実は20年後は南海トラフの巨大地震が起こると予測されている年なんですけれども、その頃にはずいぶん技術の進歩があるだろうということを、私が座長になっているJAMSTEC(海洋研究開発機構)の研究会で話しています。もしかしたら、津波が来ても死者ゼロ人の世の中にできるかもしれない。そういう夢を描きながら、いろいろなことを進めてみようではないかという研究をやっています。
 「2038年南海トラフの巨大地震」というのは私の本(図6)のタイトルでありまして、南海トラフの巨大地震がその年ごろに起こるであろうという予測の論文を書いています。
 最近、選挙演説を聞いていて思ったのは、「明日起こっても不思議ではない南海トラフの巨大地震」というふうに言う政治家がいますが、明日起こったら不思議なんです。明日には起こりません。しばらく先です。もう1つは、「将来起こるかもしれない南海トラフ」。そうではなくて、必ず起こるんです。100年【単位で?】ずっと繰り返してきているんだから、これが止まることはない。プレートの運動ですから、必ず起こる。この2つを、どうしても伝えたくて、このタイトルで本を書くことになりました。
 それが私の20年後の予測なんです。今いろいろな予測が議論されていますので、西日本に巨大地震があるということを入れてほしいといつも言っております。そのとき、最悪の場合には津波が34メートルであるといった予測が出ているんですけれども、それを聞くと、すぐ34メートルの避難台をつくろうなんて話になる。それはそれでけっこうなんだけれども、そんなに単純なものではないでしょう。「もし強い揺れが起きたら、1人ひとりが逃げるということを確実にやってください」。これが一番伝えたいメッセージですけれども、なかなか伝わらないですね(表2)。
 今回東日本大震災が起こした巨大津波が、貞観(859 - 877年)の大津波の再来であるという説もあります。800年代は日本で大地震がたくさん起こった年代でありました(表3)。当時は菅原道真がトップにいましたが、道真は日本で初めて地震のカタログをつくった人なのです。それほど日本列島全体が活動していた時期で、そのころ富士山も大噴火をして溶岩がどろっと流れて台地をつくって青木ヶ原樹海ができたのです。箱根の湖も、手前の裾野の愛鷹山(あし たか やま)愛鷹山も、同じマグマ溜まりから出てきた噴火の跡です。
 今、地表から10キロ下のところに大きなマグマ溜まりができています。富士山が大噴火する可能性も十分あるので、私はそのときの写真を撮りたいと思って、新幹線に乗るときはいつも北側の席を取って富士山をぱっと写せるように練習をしています。そういうふうな2038年の予測も、1つのテーマとして、未来を考えるときにはぜひ取り上げていただきたいと思います。

2040年

 「2040年」をここへ持ってきたのは理由がありまして、IBMが主催する天城会議という非常に貴重な会議があって、毎年40人ほどの国立、公立、私立の大学の学長が一堂に会して、3日間議論をしています。山極先生にもぜひ代表になってくださいと申し上げたんですが、国公私立の学長が1つの会場に集まって議論するというのは、日本ではめったにないんです。そこで今年議論したのが、2040年の教育はどうなっているかということでした。
 さっき言いましたように、確実な予測をするためには自分でデザインをすることが基本にあるわけです。そこで考えたことの中に、2040年の大学教育の姿を議論しようということがあったのです。そのときに、いろいろな話が出てきたのをメモしたのが表4です。
 このとき基調講演をお願いしたのが、いま中央審議会で活躍をしておられる日産自動車の志賀俊之さんです。志賀さんは経済界を代表する立場の方として、大学の学長に対して何を求めているかがよくわかる講演をしてくださいました。それをそのとおり受け取ることを勧めるわけではありませんが、経済界がどういうふうに考えているかの例として見ていただいて、それに対して大学はどう考えるかをぜひ皆さんに考えてほしいと思うのです。
 1つは、いつも言われることでありますけれども、正解だけを教える教育に弊害がある。子どもたちが何かを覚えて答えるのは大学の入試が悪いので、それを改革しなければいつまで経っても変わらない。必ずそういう議論になるんですけれども、そこで例に挙がるのが、「キリンの首はなぜ長いか」という例題を与えて討論させようというんです。
 私はこれに反対なのです。「キリンの首はなぜ長いか」なんて、遺伝学をやっている人に講義を受けるべき問題であって、これを討論して答えを出そうなんて、適切ではないと思うと言ったんです。
 実は私はこの質問を人に対してよくするのです。すると、いろいろなことを言ってくれるんですが、今の遺伝学の先端でどういう議論をしているかを学習している人であるかどうかを知るために聞くんです。
 しかし子どもたちを集めて、「さあ、みんなでキリンの首はどうして長いのかを考えましょう」なんていうことはあまりお薦めしない。それを指導する先生がしっかりと知識を持っていなかったら意味がないわけですから。
 あんまりこの議論が続くので、私はこう言いました。「この質問をあちこちでしているんですが、今までで一番素晴らしいと思った答えを1つ紹介しましょう。それは立川志の輔さんでありまして、『それはねえ、頭があんな高いところにあったら、首も伸びなきゃしょうがないだろう』という答えなんです。これは最高の答えで、遺伝学の議論をするんじゃなくて、こういう議論をするんだったら意味がある」と。
 それから、「小学生に比べて、大学生は勉強しない」ということをすぐ言うんですが、そんなことはありません。京都大学の学生はものすごく勉強しています。私はいまでも付き合っていますから、よくわかる。そういう実態がなかなか伝わっていないのです。
 また、近未来はどういう職業が消えていくかというような議論をしました(表5)。例えば、ダボス会議では、こういう未来が予測されていますということが発表されていますから、経済界の方が集まったときに、どんな議論をしているかというのは、皆さんも知っていて、研究してほしいと思ったわけであります。その中で、例えば「精神・心・魂を磨く」とありますが、それらはどう違うんやと、そんな議論をしているわけです。「ダボス会議が予測する未来」ももう言い古されて、今はそんな時代ではない。そして、繰り返し繰り返し生涯学習をしながら進んでいく世の中になっていることもよくわかります。
 もう1つ、経済界の方が必ず言われることですが、日本の企業は海外に投資しているほうが多いということを大学はよく知っておいてほしいと。その理由は、日本は研究水準が高くない。海外のほうが高い。日本の大学でやっていないことがある。こういう理由で海外に投資をする企業が多いということも心得ていなければいけないと思います。
 もう1つ、IBMのWatson(ワトソン)の開発に関係した方の話も聞きました。2020年、車は劇的に変わっているだろうという予測をしていただいたんですけれども、これも私がチャチャを入れたんです。こんな車社会になっていると予測をしていますが、そのスライドをよく見ると、「落石などの注意喚起が行われる」と書いてある。20年経っても落石はあるんです。つまり道路は全然進歩していない。ですから、こういう20年後の予測をする技術者たちは、お互いの分野を超えていろいろな人が集まって予測することをやったことがないということがわかったんです。京都大学も総合大学ですから、いろいろな分野の人が一緒に議論してほしいなと思います。
 最後に思ったのは、IBMを真似して、女性の活躍する場として成長してほしいと思いました。ダイバーシティというのは、IBMが一番力を入れてきたことですけれども、実は私の大学へ通信教育を受けに来る人で、企業に内緒で登録する人がいるんです。こういう世の中であってはいけないと志賀さんにも申し上げました。そうしたら、これは経団連や経済同友会の集まりでバシッと言いますと約束をしてくれました。とにかく生涯学習を基本にするような世の中になっていくということが大事だろうと思います。

「こころは下にある」

 10年前のシンポジウムに戻ります。このとき、私はこんな話をしました。「「こころ」はどこにあるかという質問を小学生にしたら、「下にある」と答えたんです。5年生ですけれども、最近習った漢字はみんな「心」は下にあるという答えだったのです」。これは稲盛さんもえらい気に入ってくれて、こういう話からこころの未来研究センターができることになりました。
 それで私も「心」を含む漢字を集めるようになりました(表6)。4画の「心」は、「Kokoro Research Center」の「こころ」ですが、19画のところに「鯰(なまず)鯰」というのがあります。実は私は子どものときから「ナマズ」というあだ名をいただいていますから、これをずっと気にしているんです。ところが、こういう漢字のコレクションをすることによって、初めて「鯰」に「心」があるということを発見したのです。
 最後の「雲」へんに「愛」と書く25画の文字は知らなくて最近発見しました。そういうわけで、今日のお祝いも兼ねて、この字を使ってこころの未来研究センターの未来に対してお祝いの一句を詠みます。
  祥雲の靉靉として炎暑かな
 「祥雲」、めでたい雲が靉々として立ち込める様を言うそうです。今日は暑いですから、そういうめでたい雲が立ち込めている未来の炎暑にしましょうという句にしました。
 「瓢鮎抄」という俳句集が『氷室』に毎月出ております。「鮎」は「ねん」と読むのですが、「鮎」という字は中国ではナマズなんです。そこに出た句です。1年前に載った
  理髪店百十七年初夏に閉づ
というのは、去年の7月、理容店がついにお店を閉じることになりました。現在詠む俳句は「三現則」で詠むんだといつも言ってきたので、現在を詠んだものが入っています。
  火砕流跡の拡がり苗障子
  噴煙の高さ更新躑躅咲く
  背比べに勝って花菜の咲くところ
  学童の列よぢ登る茅花かな
  眼鏡屋が老眼かこつ夏隣
  するりするり麒麟の舌は新緑へ
  老鶯や今朝の出勤五時二分

地球を学ぶ公園――ジオパーク

 さて、これからの未来をどう考えるのか。宮城県の女川町は東日本大震災の津波でやられたんですが、そこにきれいな駅舎ができました。ここの人たちは、高台に移転をして海が見える町をつくるんだということで未来にものすごくモデルとなる復興をしています。
 そういうふうな地球のことを考えるために、私はジオパーク、地球を学ぶ公園、大地を学ぶ公園をつくって回っています(図7)。「見る・食べる・学ぶ」をキーワードにして、例えば、隠岐へ行きますと、魚を釣って1晩泊まってそれを食べる。こういう楽しみ方をするんだという主張であります。室戸岬に行くと、南海トラフの巨大地震の跡を見ながら、夕日の沈むのを見て、うまいものを食べて帰ってくる。香港へ行くと、郊外に出て珍しい大地を見る。済州島に行ったら、カジノだけではなく、火山の島であるということを理解しながら、おいしいものを食べて帰ってくる。台湾へ行ったら、風化や海水の浸食でできた奇岩「女王頭」の頭が落ちないうちに見に行く。そうやって地球を理解することを進めているわけです。

地球社会の調和ある共存

 「地球社会の調和ある共存」は京都大学の基本理念でありますが、そこで考える大事なことの1つは水であります。地球が夏蜜柑だとしたら水は豆粒ぐらいしかなくて(図8)、しかもこの中の3%しか真水がない。そこで、水の将来もぜひ研究テーマにしてほしいと思います。
 やがて人口が減少していくわけですが、そういう社会で未来を考えていきたい。そして、絶滅を繰り返してきた生物の歴史がありますから、人類が滅びるときに美しい化石を残すように心がけましょうと。
 こういうことを10年間呼びかけてきたのですが、その出だしが、第1回こころの未来研究センターのシンポジウムの最後のごあいさつだったのです。そのときごあいさつ申し上げたことを、この10年間、ずっと考えてきました。今日は、そのざっとした内容をお話ししました。
 地震のことは『四季の地球科学――日本列島の時空を歩く』(岩波新書)『日本列島の巨大地震』(岩波科学ライブラリー)に出ておりますので、読んでいただきますように宣伝をさせていただきまして、私の講演を終わります。

(2017年7月30日、京都大学百周年時計台記念館百周年記念ホールで開催された京都大学こころの未来研究センター10周年記念シンポジウム「こころの科学と未来社会」での基調講演を編集部で要約して収載しました)

プロフィール
1940年東京生まれ、高知育ち。専攻は地震学。1963年京都大学理学部地球物理学科卒業後、京都大学防災研究所助手、助教授、理学部教授、理学研究科長、副学長を歴任、2003年12月から2008年9月まで第24代京都大学総長。退任後国際高等研究所フェロー、2009年から2013年まで同所長。2008年から2018年3月まで日本ジオパーク委員会委員長。2013年4月から京都造形芸術大学学長。著書に『日本地震列島』(朝日文庫)、『急性心筋梗塞からの生還』(宝塚出版)、『新版 活動期に入った地震列島』(岩波科学ライブラリー)、『俳景3――洛中洛外・地球科学と俳句の風景』(宝塚出版)、『変動帯の文化――国立大学法人化の前後に:京都大学総長メッセージ2003~2008』(京都大学学術出版会)、『日本列島の巨大地震』(岩波科学ライブラリー)、『日本のジオパーク――見る・食べる・学ぶ』(ナカニシヤ出版)、『四季の地球科学――日本列島の時空を歩く』(岩波新書)、『2038年南海トラフの巨大地震』(マニュアルハウス)、『中国的地震預報』(中国社会出版社)、『あっ!地球が…――漫画による宇宙の始まりから近未来の破局噴火まで』(はせべくにひこ作画、マニュアルハウス)、句集に『大地』『瓢鮎図』((共に角川書店)などがある。