尾池和夫の記録(202) 天眼 京都新聞 第11回((2016年11月20日)-第20回

天眼 第11回 四三京秒前の宇宙の始まり 尾池和夫(地震学者)
 宇宙が始まってから今までに約43京5千2百兆秒ほどが経過したことになる。普通は宇宙の始まりは、137.72億年±0.59億年前と説明する。しかし、その時間の経過を、人の脈拍のリズムである1秒に1回を単位として測ったら何秒になるかという、この単純な疑問が沸いてきたのは、宇宙の始まりから現在までの宇宙の歴史を漫画で描いてみたいと思い立った時であった。
 その時から、さまざまな時間経過を秒単位で測ってみる試みを実行した。太陽が誕生したのは14京6千兆秒前、地球が誕生したのは、今から14京3千兆秒前、すなわち45.5億年前である。
 こうやって計算してみると、秒単位で測ってもそれほど奇想天外な数字にはならないということが、今回の発見であった。億、兆の上の京という数の単位は、最近では「京コンピュータ」で知られているので、あまり抵抗なく受け入れられる。日本語の数の単位は兆の上は京、垓と続き、さらに大きく恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議と続き、1の後ろに68個の0を並べると「無量大数」である。
 天文学的数字というから、宇宙の始まりからを秒で現すと、この無量大数のような数字ではないかと思ったが、計算してみると宇宙の始まりも43京秒あたりであるという結果が、何となくほっとした気持ちを与えてくれた。
 そのような経過をたどって、ようやく1冊の漫画「あっ! 地球が・・・」という本が生まれた。副題は「宇宙の始まりから近未来の破局噴火まで」とした。近未来の破局噴火としては、アメリカ合衆国のイエローストーンのマグマ溜まりを候補とした。別に大統領選挙の成り行きを例えたのではなく、科学論文の中で、比較的具体的にマグマの量や最近の現地の観測結果があり、また破局噴火した場合の地球への影響の予測などが発表されているマグマ溜まりが、このイエローストーンにあるという理由である。
 イエローストーン国立公園の面積に匹敵する超巨大なマグマ溜まりが存在するということが確認されており、約220万年前、約130万年前、約64万年前に破局噴火があったことがわかっている。噴火の周期は約60万年と言われているのが気になる。英国の科学者によるシミュレーションでは、この破局噴火が起きたら、数日以内に大量の火山灰がヨーロッパ大陸に着き、地球の年平均気温は10度ほど下がり、その寒冷気候が6年から10年続くという。
 日本の火山では、7300年前の鹿児島南方沖の鬼界カルデラで起きた巨大な噴火が知られている。南九州の縄文文化が壊滅したと言われる噴火である。東北地方や朝鮮半島でも赤橙色の「アカホヤ」と呼ばれる火山砕屑物が発掘され、これが地層の時代を比べるキーとなる。大分では50cmの厚みのある火山灰層がある。阿蘇山でも過去4回の大噴火が知られており、約9万年前に起きた噴火は破局噴火であった。阿蘇の山体が崩壊し、根子岳だけ残った。カルデラ湖があったが真ん中に丘が隆起し、噴火して現在の姿となった。
 ところで哺乳類の寿命は、15億回ほど脈を打ったあたりに決まっているという説がある。人の脈拍が1秒に1回だとすると47歳くらいが寿命であるが、私もすでにかなりそれを過ぎた。急性心筋梗塞から生還して来年で20年、主治医には「立派なものです」と言われたが、人類の知恵のおかげで命を延ばしているのであろうと思う。2038年の南海トラフの巨大地震が、私の予測したとおりに起こるかどうかを、生き延びて確かめたいと思っている。


天眼 第12回  天野明展への行列   尾池和夫(地震学者)
 京都造形芸術大学のキャンパスで、「NEW天野明展in京都」が、2月12日まで開催されている。展覧会だけでなく京都限定のグッズのあるショップにも、毎朝若い人たちが列を作っており、親子連れと見受けられる方も、寒さをものともせずに並んでいる。京都造形芸術大学の学生とのコラボカフェの企画も好評である。
 学長としては、この展覧会に入場してくれた中学生や高校生が本学に興味を持って、近い将来の本学の学生になることを、当然ながら望んでいる。しかし天野明展と聞いてすぐわかる人とわからない人がいて、ネットで宣伝したら何を考えているのかと疑問を返した人もいた。私の世代には通じにくい企画であるのかもしれない。
 天野明は『家庭教師ヒットマンREBORN!』などの作品で若い人に知られる。1998年、講談社の第38回ちばてつや賞ヤング部門優秀新人賞を受賞してデビューした。「家庭教師」を「かてきょー」と読む人なら、彼の人気が理解できる。この作品は『週刊少年ジャンプ』で9年間連載された。イラストが若い女性に人気である。大空の七つの属性を持つ「死ぬ気の炎」と大地の七つの属性を持つ「大地の炎」が対となる中で、師弟の関係が時空を超えて描かれる。まさに宇宙の万物を表す三才の世界の物語である。
 三才とは易経にいう天と地と人の働きのことであり、また宇宙の万物のことをいう。絵を主体として明の万暦35年(1607年)に完成して1609年に出版された『三才図会』は、全106巻から構成されており、さまざまの事物を、天文、地理、人物、時令、宮室、器用、身体、衣服、人事、儀制、珍宝、文史、鳥獣、草木の14部門に分けて図入りで解説したものである。日本でも江戸時代に、『和漢三才図会』が出版された。私も『天地人-三才の世界、宇宙・地球と人間の関わりの新しいリテラシーの創造』を、国際高等研究所で2009年から3年間の講演と討議を記録して刊行した。
 以前この「天眼」にも書いたが、本学の「藝術立国之碑」に刻まれた3行の基本理念にも、今回のこの企画が対応していると考え、私も開催を心待ちにしていた。この碑には「宇宙の神秘に平伏せ、地球の偉大さに畏れを抱け、生きとし生きる命を愛し尊べ」と、瓜生山学園創設者である徳山詳直の言葉が刻まれている。これは「天地人」の考えであり、宇宙の万物の調和ある共存をもとに、芸術の力で世界平和を実現しようという理念を表しており、今回の天野明展の底を流れる思想に対応していると私は思っている。
 私も「自然と芸術」という講義を学生に提供している。最新の科学の知識で自然を理解し、その自然を超えた作品を生み出す人が巣立っていくことを私は期待している。天野明の「家庭教師」の丁寧に描かれた原画も、天地人の世界を見つめる作者の視点から生み出されたものだと思いながら、たいへん興味深く見ることができた。


天眼 第13回花山天文台の太陽光スペクトル 尾池和夫(地震学者)
 佐藤文隆さんが、ご近所の子だくさんの矮星について書かれたのを読んでいて、私たちの太陽のことをもう一度見つめ直そうと思った。京都造形芸術大学で芸術作品を生み出す学生たちに自然のことを私は講義していて、太陽と月と地球のことを学習してもらう。人類が芸術作品を生み出し、人類がそれを鑑賞し始めたのは、太陽の光の下であった。それを再認識するため、太陽光のスペクトルをくわしく知ることも重要である。
 反射光で見るのと透過光で見る場合の違いを知ることも重要である。人類が育ったのは太陽光の反射光で見る世界であった。それが今ではテレビでも携帯電話でもパソコンでも、液晶画面を透過光で見ており、人類の歴史で経験のない見方をしている。その光源は太陽の光とは異なるスペクトルであって、見る人に不自然な情報を与える可能性が高い。例えば、パソコンの画面で丁寧に校正したつもりでも、プリントして読むと誤字に気がつくという経験をするが、これも透過光と反射光の違いからくる現象であろう。
 日本人は虹は七色と思い込んでいるが、民族あるいは時代により、虹の色の表現は異なる。しかし、太陽光のスペクトルはそんなに単純ではない。太陽光のスペクトルを広い壁いっぱいに投影すると、芸術を志す学生たちも大きな感動を体験する。花山天文台で市民に星空観測の機会を用意するため、花山星空ネットワークが活動している。惑星の観測に成果を上げてきた天体望遠鏡を使って観望会を開催する。将来は宇宙科学館を建設して宇宙と人をテーマにした学習施設として広く活用するという構想も検討されている。
 京都大学附属天文台の飛騨にある太陽観測塔は世界に誇る性能を持っており、太陽の活動を常に監視して記録する。その偉業を育てたのは花山天文台である。そこでは現在、太陽の研究で大きな課題であるスーパーフレアーの発生に関しても重要な発見が続いている。京都大学附属天文台の浅井歩准教授は、太陽観測の動画を見て荒々しい姿に驚いたのがきっかけで研究を始めたが、大規模な太陽フレアが起きるとわくわくするという。
 花山天文台は、学問の芽を育て、研究者を育て、アマチュア天文学を育ててきた都市にある貴重な天文台である。岡山に新しくできた天文台を維持する予算を国に申請したら、花山天文台を廃止するという条件がついたという。この重要な花山天文台を存続し維持するために、多くの市民が参加して支援グループを立ち上げた。歴史的に重要で世界の天文学に貢献してきた花山天文台を維持するためには、それを支援する民間の応援を求めるしかないという状況に追い込まれてしまったからである。国が学術や文化に熱意を持たないときには、それを市民が支えるという国は栄える。我が国もぜひそのような国であってほしいと願っている。


天眼 第14回 西安での瓜生山学園同窓会  尾池和夫(地震学者)
 久しぶりに中国陝西省の省都西安へ行った。長安の都の伝統をしっかり保ち、しかも近代都市の機能を備えて、そのめざましい近代化と発展に感銘を受けた。私にとっては通算三三回目の中国への旅である。初めて中国へ行ったのは日中国交正常化の直後の一九七四年で、まだ香港経由の長旅の時代であった。
 西安には七七年五月に初めて行った。文化大革命の終わりが告げられた年である。八八年から九〇年にかけては、西安市内の地割れ調査で地震観測も実施した。一五五六年の世界史上最大の震災のあった地域にも今は小地震も起こっていないという短かい報告書を書いた。二〇〇六年五月、西安交通大学での日中学長会議に出た時には、レーザー光線で三国志が登場したり、フランス料理の宴会があったあり、中国はどうなるのかと気になる状況だった。
 今回は最近開設された西安直行便に乗った。関西国際空港一〇時発、青島で入国、同じ飛行機で西安国際空港へ一五時二〇分着、そこで預けたトランクを受け取って通関という便であり、京都造形芸術大学の大野木副学長、平井国際部長、私の妻と一緒に西安に到着すると、瓜生山学園西安同窓会副会長周焱さん、上海事務所の劉昊星さん、一日前に上海に入国して西安に移動した瓜生山学園理事長徳山豊さんたちが待っていてくれた。
 西安に到着した日の夜、瓜生山学園西安同窓会の集まりに出席した。私たちを含めて三二名の参加者である。党晨西安同窓会会長は京都造形芸術大学最初の中国人留学生である。前西安大学(現在の西安文理学院)工芸デザイン学部の創立者であり、現在は西安欧亜学院教授である。周焱副会長は二〇一〇年京都造形芸術大学大学院芸術専攻修了で、現在は西北大学の講師をつとめる。岳鈺名誉会長は不在であったが京都造形芸術大学最初の中国人留学生の一人であり、前西北大学教授である。上海事務所の劉昊星さんは、二〇〇七年に京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻を修了した方である。党晟会長は瓜生山学園創設者徳山詳直さんの「藝術立国」の理念に感銘を受けたことを記憶に留め、その精神のもとに多くの後輩を送り込んできている。若い卒業生には私が証書を渡した方もいる。
 中国には桃李満天下という言葉がある。大きく展開する卒業生たちの活躍が楽しみであり、毎年集まることを約束した。翌日から最近発掘された遺跡や、遣唐使の墓碑にある初めての「日本」という文字や、兵馬俑の現状などを見学し城壁や回民街も歩いた。そして西北大学と西安文理学院では大学間交流協定にサインし、西安美術学院、西安欧亜学院では今後の交流をしっかりと約束して、まことに充実した4泊5日の旅であった。


天眼 第15回 地震防災対策の見直し  尾池和夫(地震学者)
 京都新聞の2016年6月30日、「大震法見直し」という社説で、政府が乗り出したという紹介があったが、結果がこの8月25日に出た。
 大震法は40年ほど前にできた。「東海地震」という発生前から名前のある大地震が想定され、前兆を観測して首相が警戒宣言を地域に出す。それにより住民は避難し、鉄道や店は営業を停止、学校は閉鎖するなど、大がかりな対策が静岡県を中心に用意された。
 この「東海地震」は「明日起こっても不思議ではない」と記事によく書かれ、この言葉が癖になっている人が多い。私は「明日起こったら不思議だ」と言って、いずれ21世紀前半には起こる大地震だから、若者の教育が重要だと時の静岡県知事に話して約30年、静岡県のモデル高校で地震の観測と学習を指導した。
 結局40年、まだ起こっていない地震に関する法を見直すのは当然のことである。1995年兵庫県南部地震による大震災、2011年東日本大震災、その他熊本地震などによる震災があった。それらの大地震には、いずれも明瞭な前兆現象が後で確認されたが、東海地域以外には地震予知情報を出す体制はないから、もちろん地震は突然市民の生活を大きく乱すこととなった。
 一方、南海トラフの巨大地震は、いよいよ21世紀の前半には確実に発生すると予測されており、そのプレート境界全体にわたる法的な対策が重要である。今回の見直しで、「大震法」が対象とする地域を、南海トラフ地震で被害を受ける全域に広げることになり、この議論に参加した委員のひとりは「これからが本番」と述べた。静岡県の危機管理監は、その法のモデル地区になるという名乗りを上げ、いよいよ本番の南海トラフの巨大地震に向かう住民の意識を高める効果を考えている。
 地震現象には未解明のことが多いが、大規模地震が発生すると、どのような地震が起こったかが詳しく解説できるという利点もある。強震計の展開、GPS観測網、南海トラフの海底観測網、調査船「ちきゅう」の活躍による調査結果の蓄積など、さまざまな知見を駆使して、次の南海トラフ地震に備える知恵を、専門家と市民が共有できるように国の仕組みを整えることが必要である。
 まず、日本列島の地下に起こっている自然現象を、刻々と市民に知ってもらう仕組みが重要であり、これを専門に扱う「地震火山庁」を置いて、そこが発表する情報を地域の特性に応じて解説する「地震火山予報士」の制度を創設することが重要である。法的な裏付けがないため、市民を混乱させる偽の地震情報を売る行為が今は見られる。少なくともそれを防ぐための対策を持つ仕組みが早急に必要である。結局、それが次の震災を軽減するために役立つことであろうと私は思っている。


天眼 第16回 現在の現象を現場で詠む  尾池和夫(地震学者)
 去る11月6、7日、私が副主宰をつとめる俳句会の「氷室」創刊25周年記念大会が、京都ブライトンホテルで開催された。大会の記念講演をお願いしたのが、この欄の執筆者でもある歌人の永田和宏氏であり、「言葉と思いのあいだ」という題で90分、たいへん充実した会となった。そのとき永田氏は、以前この欄でも私が書いた「三現則」論を引用して、短歌にも俳句にも、その考えが通じると言われた。もう一度、そのことを論じておきたい。
 私のいう「三現則」とは「現在の現象を現場で見る」ということである。私は今まで、さまざまな分野でこのことを重要視して来た。「見る」の部分は分野によって変化する。俳句の場合には「詠む」となり、地球科学の場合には「観察する」となり、写真の場合には「写す」となる。また「現象」の部分は、物を対象とする場合には「現物」と言い換えることもある。現象や現物には、見て記録できる実在の「物」と、感情のような目に見えないものがある。後者を表現するのが芸術であり文芸である。その場合にも「表現する」として三現則が重要である。
 写真にしても俳句にしても、今を切り取って記録に残すのであるが、写真家はたくさんの写真を撮影してその中から1枚を作品とし、俳人はたくさんの中からこれぞという句を自選する。どちらも選ぶという重要な作業があり、それが価値を決定的とする。
 選ぶという作業のやり方は、目的に応じて変わる。写真の場合を例に挙げると、自然の風景を切り取った名作を多く残した故井上隆雄の場合、例えば1枚の芒の写真の仕上げるとき、ずいぶん多くの写真の中から時間をかけてじっくりと選び出して仕上げた大判の写真を私に届けてくれた。撮影した写真の全部を対象にて選ぶので、かなりの時間をかけたという。
 そのことを知っていたので、新聞社の取材の時、もうすぐ朝刊の締め切りですと言いながら、たくさんの写真を撮るカメラマンに、そんなにたくさん撮ってどうやって選ぶのかと質問したことがある。そのときのカメラマンの答はきわめて明解で、「最後の1枚を使います」という答であった。すなわち納得できる1枚が得られるまで、さまざまな構図を試しながら撮しているだけで、快心の1枚が撮れたとき終了するのだという。
 吟行句を詠むとき、同じ場所から動かない俳人が、ずいぶん時間がたったとき、やおら句帳にしたためて立ち上がると、なるほどと感銘を受ける句が、その場面から生まれている。いろいろと詠んでいて、最後に会心の1句が得られたとき立ち上がるのであろう。
 2018年、氷室俳句会の2代目の主宰に就任することになったが、これからも私は、この「三現則」を大切にしながら俳句を詠み、自然を観察していきたいと思っている。


天眼 第17回 辞書に載った「ジオパーク」尾池和夫(地震学者)
 広辞苑に載っていない言葉をあげるという課題を学生たちに示すことがある。日本ジオパーク委員会が発足してその委員長をつとめるようになって10年、その活動の目標の一つに「ジオパーク」という言葉が国語辞典の見出し語になるというのがあった。広辞苑第六版ではgeo-という接頭語の単語は「ジオイド」だけだった。
 広辞苑第七版が1月12日に出版されて早速調べると、確かに「ジオパーク」の見出し語が入っていることがわかって、そのことを仲間に知らせた。新しく採用された単語の中の、もう一つの見出し語で私がずっと前から想定していたものに「iPS細胞」があり、それも入っていた。今回、2008年の第六版の改訂から約10年ぶりの改訂で、1万項目が追加され、140ページ増加となったが、製本機の限界の厚さ8センチに収めるため用紙を開発して厚さは第六版と同じだという。
 その他に私が関心を持っている単語では、東日本大震災、AED、熊本地震、火砕サージ、ゲリラ豪雨などが新しく採用された。しばらく辞書をめくる楽しみがあるが、削除された言葉はまだ調べていない。
 ジオパークの活動が提唱されたのは1997で、「UNESCO Geopark Programme」として提案されたが、正式なプログラムにならず、2004年、ユネスコの支援による「世界ジオパークネットワーク」が設立された。これは国際条約による多国間プログラムではなく、価値の高い地質遺産、質の高い活動ジオパークがネットワークの一員に認定されるという仕組みであった。
 2015年11月、ジオパークはユネスコの正式プログラムになった。これによって、日本ジオパーク委員会は、日本ジオパークの認定と世界ジオパークに申請する国内のジオパークを認定し、それを推薦する機関となった。2016年1月25日、日本におけるユネスコ世界ジオパーク事業の、登録審査業務に関して権限を持つ機関であるナショナル・コミッティとして、日本ジオパーク委員会が日本ユネスコ国内委員会より正式に認証された。
 2008年の日本ジオパーク委員会の発足の頃、インターネットで「ジオパーク」と検索するとNHKスタジオパークしか出てこなかったが、ようやくその単語が国語辞典に出るようになったというのが、この1か月の私の感慨である。ジオパークの楽しみは「見る、食べる、学ぶ」であると、この10年、語り続けてきた。ジオパークに到着したら、土地のガイドさんの案内で、美味しいものを食べて大地の恵の仕組みを理解し、土地の歴史を学び、暮らしを体験する、そのような旅行を「着地型旅行」と名付けて奨励しているが、この言葉はまだ辞書に出てきていない。


天眼 第18回 山陰の地震活動の特徴   尾池和夫(地震学者)
 2018年4月9日01時32分、島根県西部(北緯35.2度、東経132.6度、深さ12km)を震源とするマグニチュード(M)6.1の地震が発生し、島根県大田市で震度5強などの揺れがあった。出雲市、雲南市なども震度5弱で揺れた。気象庁の松森敏幸地震津波監視課長から発表された情報の中に、「発震機構」は西北西-東南東方向に圧力軸を持つ横ずれ断層型であるとあった。さらに防災上の留意事項として「この地域では過去に、大地震発生から1週間程度の間に同程度の地震が続発した事例がある(中略)さらに強い揺れをもたらす地震が発生する可能性もあり・・・」とあった。
 これを詳しく説明しておきたい。まず「発震機構」という言葉である。地震は、地下の岩盤に働く力で、震源を開始点とするズレ破壊が走るという断層運動で起こる。それによって地震波が発生し、地表に地震波が到達して強く揺れる。今回の地震を起こした力が、水平で西北西-東南東方向に働く圧縮力であり、それによる横ずれ型の断層運動が発生したということが、気象庁の地震計記録分析で、直後に明確にわかっているのである。この地域では最近、この方向に線状に並んで微小地震が頻発しており、その線上配列が、爆発的な噴火を繰り返してきた活火山である三瓶山を通っている。三瓶山付近の微小地震群は、2011年3月11日の列島全体の大揺れの直後に、微小地震が急増するという敏感な反応を示した。このようなことは、地下からの重要なメッセージであると私は思う。その同じ線上に、今回のやや大きめの地震が起こった。
 次に「この地域では」とあって、「同程度の地震が続発した事例」とあり、それに重ねて「さらに強い揺れをもたらす地震」とある。この地域を山陰地域と考えて過去の事例を見ると、規模の大きな地震の続発現象があることがわかる。同じ続発現象は最近の熊本地震でも見られた。
 1859年1月5日(安政5年)と10月4日、石見でM6クラスの地震、その後1872年3月14日にM7.1の浜田地震があった。1925年5月23日、但馬地震(M6.8)と1927年3月7日、北丹後地震(M7.3)の連発、1943年3月4日と5日に鳥取県東部でM6.2、そして同年9月10日、M7.2の鳥取地震があった。山陰での連発現象は、以前、私が日本全体を解説した「日本地震列島」(朝日文庫)でも指摘した。
 気象庁の発表は最近詳しくなったが、官庁から情報を読み取るには、日頃の学習が必要である。気象での気象予報士と同じような制度が地象にも必要である。「地震火山庁」の設置と「地震火山予報士」の制度化が、大地の仕組みを理解する市民が増えて災害対策が具体的に進むために、日本列島の私たちに必要であると思う事例である。


天眼 第19回 一〇年ひと昔さまざま   尾池和夫(地震学者)
 2008年9月まで京都大学総長として教育研究拠点をいくつか残した。それらが10周年の記念行事を企画し、私もこの10数年のことを振り返る機会を得た。京都大学の後は国際高等研究所で「天地人」を課題として研究会を続け、竹本修三さんの努力で立派な報告が出版された。この考え方が、結局ずっと底に流れている。今私のいる京都造形芸術大学の入り口の「藝術立国之碑」に「宇宙の神秘に平伏せ、地球の偉大さに畏れを抱け、生きとし生きる命を愛し尊べ」とある。これも天地人の思想である。
 「天」では京都大学の花山天文台の存続を強く望む人たちと支援の活動を行っている。「地」では野生動物研究センターやフィールド科学教育研究センター、「人」ではこころの未来研究センター、物質-細胞統合システム拠点、今では京都造形芸術大学文明哲学研究所の芸術と平和の研究活動である。それぞれ私にとって重要な課題である。
 15年ほど前、フィールド科学教育研究センターが発足し、センター長の田中克教授が森里海連環学の確立に力を入れた。このセンターは、1909年の台湾演習林から始まる長い歴史を持つ。2007年、センター長に白山義久教授が就任し、実習船「ヤンチナ」の完成記念式典が白浜で行われた。和歌山研究林の間伐材から京大フレーム工法で国際交流セミナーハウスや理学研究科セミナーハウスなどができた。
 2007年4月、こころの未来研究センターが発足し、こころに関する研究活動が自然、人文、社会科学に広くまたがって行われ、2017年7月30日、吉川左紀子初代センター長の下で創立10周年記念シンポジウムが開催された。
 2008年2月5日制定の野生動物研究センターの理念には、野生動物に関する教育研究で地球社会の調和ある共存に貢献することとある。野生動物のこころ、からだ、くらし、ゲノム、そして健康長寿の探究をめざして、5研究部門、1寄附部門、国内3研究拠点、海外7研究拠点がある。おそらくこのセンターが最も広く地球を覆ったネットワークを持ちながら地球社会の調和ある共存を考えている。国内の拠点には霊長類学発祥の地と言われる幸島、世界遺産の屋久島、日本のチンパンジーの15%が暮らす熊本サンクチュアリーがある。また、京都市動物園や名古屋市東山動植物園など多くの動物園と連携している。海外の拠点は東南アジア、アフリカ、南米に拡がっている。
 これらの天地人に展開するさまざまな教育と研究の活動の中で、日本のジオパーク活動に関わってきた。天地人に展開する四季折々を俳句に詠むという暮らしを、これからも私は続けていきたいと願っている。私は俳句のすべてを天地人に分類することを以前から試みている。どれが多いかは人によって大きく異なっている。私の場合は「地」の句が多い。この傾向は今後もおそらく変わらないだろうと思う。


天眼 第20回 海のプラスチックゴミ   尾池和夫(地震学者)
 京都造形芸術大学の大階段に夕日を見るための舞台がある。それを製作した城戸崎和佐教授のフェイスブックの記事が毎日更新されていて、大学内外の動向を知るための情報源になる。その記事で、8月24日は舞台からの夕日、次の日は台湾からの記事で、セブンイレブンの紙袋の写真だった。
 台湾のセブンイレブンは、乃木坂48の宣伝でも知られる。商品は豊富で、おにぎり、海苔巻き、いなり寿司もあり、もちろん小吃も豊富である。買い物すると紙袋に入れてくれるというのである。また、その袋のデザインが実にいい。
 先日、私は京都駅で土産を3個買い紙袋に入れてもらった。あとで見ると中に大きなプラスチック袋が3枚入れてあった。私は紙袋を頼んだ理由を言わなかったことを悔やんだ。
プラスチックゴミのことが世界の大問題であることを、私たちはもっと真剣に受け止めなければならない。海岸に打ち上げられた鯨のニュースが、最近でも2件あった。2018年6月5日、タイ南部の運河で死んだ鯨を解剖したら、胃から80枚以上のプラスチック袋が出てきたというニュースである。鯨はゴミ袋を吐き出そうともがいていたと、ニュースは伝えた。また、8月には神奈川県の海岸に打ち上げられた子どもの白長須鯨の胃からプラスチックが見つかった。母乳しか飲まない子が飲み込むほど海にプラスチックが浮いているのである。
 国連環境計画の報告書によると、影響は深刻化すると推測されており、2050年には99%の海鳥がプラスチックを食べる経験をし、600種の海洋生物が被害を受けると予想され、2050年には海の中に魚よりプラスチックゴミが多い状態になると見込まれるという。今、世界では年間800万トンのプラスチックがゴミとして海に流れ込む。
 2018年6月、カナダで開かれたG7サミットでも、海洋汚染の問題が取り上げられたが、理解できないことに、日本とアメリカは、使用するプラスチック製品の具体的な削減量を盛り込んだ「海洋プラスチック憲章」を承認しなかった。そのアメリカでもスターバックスが2020年までにプラスチック製ストローを世界中の店で廃止すると発表した。
 京都造形芸術大学でも最近のゴミの話題がある。1つは、新しいキャッツシアターの中のゴミを学生たちが制作して設置作業も行い、舞台を見たという楽しいゴミの話題。もう1つは、これから行われる学園祭で、プラスチックゴミを減らす企画を、学生たち自身の発案で進めていることである。学生1人ひとりがゴミを減らす意義を理解することが何より大切であり、その成果が具体的に現れることを、私は大いに期待している。