未明に空は暗くなり
月は姿を消して息をひそめる

私はあまりに毒をためすぎたのか
とめどなく押し出されて力が入らない

眠る力も起きる力も
食べる力も沸いてこない

ただひたすら
押し出されている

ただひたすら
ぐったり疲れたように
力がどこにも入らない

海に入れば
浮かぶのか
沈むのか
とけて消えていなくなるのか

異変と心配と諦めと不安
発酵しすぎだ
もっと気楽に
もっと気楽に……

流れに
身を任せる勇気を

自分が
流れになる決意を

桃色の岩塩が
少し
力をくれる
遠い遠い時間の彼方の海の底
閉じ込められた匂いが
細胞の記憶に呼びかける

脱力………
何かが私を
動かそうとする

それは

なのか

じゃないのか

いまはまだ
わからない
わからないまま
明日の夜には
光が戻り始めるのだろう





去年の秋に知り合った
新しい友人
なのに
かなりいろんなことを話してる

久しぶりに会おうってなって
ツリーハウスに行った
木の途中に
床や壁や天井があって
椅子があって
テーブルがある
風が吹くたびに
真ん中の木の遥か上空に伸びた枝が揺れて
さわさわさわ……
テーブルの周りの空気も揺れる
頬に感じていないのに
私は風を感じてる

生きて呼吸している木の幹は
乾燥していて湿度があって
温かくて意志を持つ
手のひらを当てて
目を閉じて
静かに耳を傾ける
上空の風
昼間聞いた鳥の声
深く広がる地中の熱
記憶の断片が流れてゆく

友人は
最初は少し恥ずかしそうに
話すうちに熱を帯び
そのうちまるで子どもみたいに
笑いだしてことばが溢れ出す

まるで
暖炉の火に温められているみたい
電気のない時代の
月と星の夜のよう

ツリーハウスで風の伝える物語
私は月夜の海の上

どこにいたって
きっと
豊かな卵は私の手のひらの中
そっと
温めていよう

冷たい雨が降っているというのにお構いないしに
素敵だと思ったアレを手に入れるために
せっせと動いて早めに仕事を終らせて
いつものお店に走ってた

一年前の私は
幸せだったのかもしれないし
退屈だったのかもしれない

海外出張を前にして
目の前のことと
10日後のことと
頭の中で行ったり来たり
不在の間に不備がないように手回しをして
出先で慌てないように念入りに調べものをして
目前の締め切りなんかもあったりして
そわそわ楽しく忙しくしていた

一年前の私は
明るい未来を信じてたのかもしれないし
満足も不満足もなくただいたのかもしれない

いまと変わらず毎日笑って
たまに怒って人に苛立ち
バレエが好きで
編みものが好きで
おいしいものやきれいなものが大好きで
相撲が好きで
猫が好きで
犬に会うと話しかけ
好きな香りに包まれていた
散歩をするたびに
春の訪れを感じてた

一年前の私は
一年後の私がどこにいるか
どんなふうに想像してたのだろう

たくさんの人に出会って
大切な人と話した

雨の降る日は雨のことをひどく意識するようになったし
マスクは欠かせないものになった

一年前の私は
一年後の私が線量計を手にしているとは
さすがに想像していなかったに違いない

iPhoneを持っているのは
まあ
あったかもしれない
けど
ユーストリームで中継するなんて
想像しようにも知識がなかった

有機野菜は好きだったし
いつか小さな畑を持てたらいいなと
憧れていた
もう少し
太陽や月になじむ暮らし方を
できたらいいなと夢見ていた

買い物ばかりしていた

一年前の私は
一年後の私がどこにいるのか
思い描いてはいても
何も知らなかった

いまの私は
一年後の私がどこにいるのか
思い描いてはみても
明日のことすら
知らないでいる

写真の多く載っている雑誌は
振り返る
振り返る写真は
私に突き刺さる

見るとは思ってもみなかった光景
起きるとは思ってなかった光景

消えてくれればと
願う
あなたの記憶から
薄れて押し流されてどこかへ隠れて
あまり
見えなくなってほしいと願う

見るのは
私だ

なのに
どうしても直視できない光景がある
目に入る前に遮ってしまう光景がある

ごめんなさい
ごめんなさい………

星が動き
風が吹く

一年になるのが
私は
たまにものすごく
怖くなる