お兄ちゃんのほうがハンバーグが大きい!

○○ちゃんみたいなスカートが欲しい!

クラスのみーんな持ってるのに、なんで私には買ってくれないの??

小学生や中学生のころ
そんなことを私は親に言っていた

そのたび両親は繰り返し言う
「人と比べないの」
「見えないことのほうが大事」
「よそはよそ、うちはうち」
「みんながそうならあなたもそうするの? みんなが転んだらあなたも転ぶの?」
「自分の頭で考えなさい」

子供の私は納得するわけがなく
ぶーぶー言いながらも
「うちはうち……」
そう思うしかなかった
ぶーぶー思いながら

高校生くらいになると
もう少しひねくれたというか
いやらしいというか
知恵がついた分たちの悪いことを言っていたような気がする

父親は
それにつきあってくれた
根気よく
時にうんざりした気持ちを露にしながら
それでも私につきあってくれた

自分の考えを言い
通らないと泣きながら訴え
へりくつをこね
怒り
責めた

それでも父親は
根気よく
私につきあってくれた

たくさんの言葉を交わした
反発しながらも
たくさんの考えを共有した
たくさんの視点があること
考え方のあること
いろんな人のいること
時代によって違ってくること
"正しい"がすべてではないこと……

具体的に
抽象的に
感覚的に
ことばで
書物を通して
実践して
背中を見せて
根気よくつきあってくれた

二十歳を過ぎるころまで
頭にくることのほうが多かったけれど
どれだけ否定しても父親の血が
脈々と自分に流れていることはわかっていた
イヤでもあったし
イヤではなかった

周囲ともっと気楽に交われたらいいのにと思いながらも
ひっかかりを感じることを忘れずにいる自分を
そうイヤだと思ってもいなかった
それが"私"なのだと
落ち込みながらも
認めていた


放射能は目に見えない
見えないものを感じ取ろうとする訓練のお陰なのか
目に見えない放射能を具体的な問題として
私は考えようとしている

目に見えないことこそ大事

父親の言わんとしていたことの意味は
別にある
だけどもそれが放物線を描いて
こんなところで活かされた

おかしな話
哀しい話

よそはよそ、うちはうち
自分の頭で考えなさい
みんながしたら、あなたもするの?
自分の頭で考えなさい
自分の心で感じなさい

何かに直面するたびに
こだまのように響く声

勘違いを重ねた果てに
ようやくのことに
少しずつ
少しずつ…