とりかえしのつかないことが起きて
元には戻れない生活が始まり
それでも原発を推進しようと真顔で言う人がいる

犠牲になっている人が明らかになっても
平気で原発は安全で必要なものだと言っている

夜、眠れるのかな
ずっと不思議に思っていた
本当はわかっているのに
神経を切ったつもりでいても
夢には出てくるんじゃないのかな

それがそのころの
私の貧困な想像力の限界だった

だけど、だんだん"想像がつく"ようになってくる
仕事
という看板があれば
神経は分断できる
お金に目がくらんでいるのは自分のためじゃなく
経済活動
この組織のため
この国のため
国民の生活のため……
いくらだって言い訳はできるのだ
そしてその言い訳を盲信すれば
夢にだって出てこない
ベラルーシでいま起きていることも
日本では起きないと思い込める
というか、
そんなことは考えない
いちいち”細かい”ことまで考えていたら
前に進めないじゃないか

夜だって寝られるんだ
平気で眠ってまた翌日起きられる

想像力が
勝手に
拡大された

そしてもしかしたら
自分だってそっちの側にいたかもしれない
想像力が広がって
そんな可能性も明らかにする
仕事という名の下に
私は神経を切り
何かを棄てたことに目を背け
自分は間違っていないと信じ込んで
"よりよい生活"のため突き進んで行く
身を惜しまずに
全力を挙げて

生き生きと
そっちで仕事をしている自分の姿が見える
疑いを持たず
懸命に働き
充実感を得ている
想像のつく
自分の姿

いまわたしがここにいるのは
ギリギリのところで踏みとどまってるだけ
自分の意志で選択することを忘れていなかっただけ
自分の心を自分の手にし
自分の頭で考えることを覚えていただけ
ギリギリのところで
危ういところで

だから私はまったく別の方向の
想像力をひっぱりだしてほしくて
ダンスや絵を観に行くのだろう
器を手にし
建造物に包まれ
樹木に抱きつき
静かな音に身を浸す

知らなかった場所へ浮かび出し
想像力の向こう側まで連れて行ってくれる

そして私は安堵する

まだ大丈夫
まだいける

あっちとこっち
ひとつが突破されると
こっちも突破する
広がって
破れて
歪になりながら
また球体は丸を描く

影に怯え
光を求め
照らされて
影に休む

永遠の輪
私の中の循環