いまも福島に子供がいるなんて…
そう思っていた
早く避難できるように親が、学校が、村や町、市が、県が、国が、
どうにかしないと…
焦ってばかりいた
そのために私に何かできることはあるだろうかと

放射能は浴びないほうがいい
数値が低くても
防げるものは防いだほうがいい

そんなことは
福島の人だって知っている
いまや福島の人にも
(ようやく)事実は伝わっているのだ

それなら、なぜ避難しない人がいるのか
なぜ子供を避難させずにいる人がいるのか


福島の映画館のチラシに
7年前に結婚を機に飯館村に移住した小林麻里さんという方の文章がある

一部、転載する

『村が計画的避難区域に指定され、「もう戻れないかもしれない」と思ったら涙が止まらなくなり、このままこの場所を捨ててしまったら心が壊れてしまうだろいうと思いました。しばらく泣いた後に「井戸を掘れるようになったら帰ろう(震災で水が充分には出なくなってしまいました)」と心に決めたら落ち着きを取り戻すことができました。

 確かに、今回降り注いだ放射能によって、「ただちに健康に害はない」のかも知れません。けれども、目に見える物は何一つ破壊されていない、この明るく美しい放射能地域の中で、避難地域だけでなく福島のすべての人たちが、真綿で首を絞められるような苦しみに苛まれ、翻弄されて、心が壊れてしまう危険に曝されています。人は心が壊れてしまったら生きることが困難になってしまうのです。
 このことこそが、原発事故による放射能汚染の最大の恐ろしさなのではないかと思います。』

小林麻里さんは、夫を4年前に亡くしたそうだ。
夫との貴重な新婚生活を送った土地。
夫を喪ってからは、助けてくれる友人、仲間と過ごしてきた土地。
その土地を離れろと、放射能の値が高い間は(それは一体、何年続くのか)戻るなと、それでも言えるだろうか…。

人にはそれぞれ事情がある。
その大切なことを
頭では理解していても、
私は心で見失いそうになっていたのかもしれない

避難できる人は避難してほしい
だけどそうではない人たち
土地を離れられない事情があったり
一時的にでも、もうほかの土地に移り住むのは億劫だったりする人たち
いまは避難していても
早くもとに戻って暮らしたい人たち

どうすれば放射能のまき散らされた土地で
リスクをできる限り低くしながら
暮らしていけるようになるのだろう

除染もそのひとつの方法だろう
けれど
森のすべてを除染するのは難しい
禿げた土地、禿げた山をつくるほかなくなってしまう
ではどうすればいいのか…

原発事故のもたらした被害は
目に見えない放射能だけじゃない
目に見えない心にも忍び寄る


もっと寄り添って
考えられるようになりたい……