実家が仙台の知り合いは
震災以降
月に一度は帰省している
3月
彼は憔悴していた
実家に帰る手立ても深夜バスしかなく
東京にいつ戻れるかもわからないまま出発した
4月
実家の状況を聞き知った有志が
必要な物資をかき集め
彼に託す
5月
物資を託したメンバーに
彼のお母さまからのお土産が配られる
恐縮しきり……
「いや、うちの母は東京に出た息子が
これほどみなさんによくしてもらってるのかと
喜んでいて…。
それに久しぶりに仙台土産を選ぶのも
すごく嬉しかったみたいで
いまは車がほしいと言っていて(笑)」
車かい!!と
みんなで突っ込んで笑った
ようやく
笑えた
6月
津波の被害にあった1階部分に
あとは畳をいれるだけ
という状況にまで戻ったそうだ
ただ
「海岸方面に歩いていくと
まったく何もない状態で…
その落差に愕然とするばかりで…
たった1kmの違いが
これほどまでとは…
いまそこにはもう誰もいなくて
親戚や知人を頼りに避難していて
あるいは避難所に身を寄せていて
だから誰もいなくて人手も足りなくて
まだまだ先は長いなと…」
いまはもう物資などは店に普通にあるので
そういう支援はいらなくなったと言っていた
むしろ
いまだに支援されることに戸惑い…というか
もう前を向いているのに後ろを振り向かされるような
親切の過剰さにどうしたものかと戸惑っている人もいるらしい
できれば忘れたいできごとで
忘れられないけれど忘れようとして必死で前を向いている
だからそっとしておいてほしい
けれど
忘れられることは怖い
地震が
津波が
この土地を飲み込んだことを忘れ去られるのではないかという恐怖は
常につきまとう
だけど
もう過剰な"被災者"扱いをされても困るわけで…
「そこらへんはものすごくデリケートな時機にきてるなと
親子だから言えるけど
せっかく厚意で"大変でしょう、被害に遭われて、何をしましょうか"
と言ってきてくれる人には
そうはっきりと言えるものでもなく
けれど
忘れたい現実に引き戻さないでほしいという気持ちもあり…
なんだけど
本当に人手が足りなくて
まったく何もできていない場所を目の当たりにすると
いま切実に必要なのは人手で…」
ひとりひとりに事情があり
ひとりひとりの状況は違い
ひとりひとりの感じ方があり
ひとりひとりの生活がある
デリケートな事態
想像力を駆使しても追いつかないくらい
デリケートな現状
そうなんだ…と考える
だったらさあ
と思いつく
人手が必要で
この震災で仕事を失った人がいる
そこをうまくマッチングできないのかな
たとえば東京や大阪に住んでいて
ボランティアで手伝いに行きたいけれど
なかなか仕事の都合がつかない
或いは
その一歩が踏み出せない
どうすればボランティア活動に参加できるのか
その方法がわからない
いろんな人がいきっとるはず
だったら
ボランティア代行してください!
という名目で
自分が仕事を休んで1泊2日でボランティアに行くとしたら
必要な経費が2万円とすれば
そのうちの1万円なり5千円なりを
「ボランティア代行ネットワーク」(仮称)に託してみたらどうだろう
現地で被災し
仕事を失い
時間はあるけれど仕事が見つからない
物はあっても以前のような心持ちで使えるお金はない
仮設住宅に移りたくても
自己負担になる光熱費や食費、一体、払えるのだろうか…
本当なら継続的な仕事を見つけられるのが一番だけど
とりあえず当座のこととして
たとえば日給5000円なり何なりで
ボランティア代行
というアルバイトはどうだろう
ボランティアに行きたいけれど行けない人と
仕事があるに超したことはない人
うまくマッチングできないかな
そんなことを夢想する
いろんな形で
長く支援すること
続いていく支援の仕方を考えること
いま必要なことをいますぐサポートできるように
ほんの少し先の展開を予想して
一足先に支援の体勢を工夫していくこと
仙台に実家のある知人の生の話を聞きながら
ぶわっと
いろんな思いが駆け巡る
思えば震災以降
どれだけほかのことで忙しくても
興奮するほど夢中になることに遭遇しても
いまのところ
一日たりとも意識が離れたことはない
それは自分の身にもふりかかっていることだから
かもしれない
風化してほしいことと
風化してしまうと思うと脚がすくむこと
風化したほうがいいんじゃないかと思うこと
決して風化させてはいけないこと
デリケートな心情
デリケートな日常
デリケートで無惨な時の流れ
ねえ私
そろそろ自分の脚で旅に出ようか
震災以降
月に一度は帰省している
3月
彼は憔悴していた
実家に帰る手立ても深夜バスしかなく
東京にいつ戻れるかもわからないまま出発した
4月
実家の状況を聞き知った有志が
必要な物資をかき集め
彼に託す
5月
物資を託したメンバーに
彼のお母さまからのお土産が配られる
恐縮しきり……
「いや、うちの母は東京に出た息子が
これほどみなさんによくしてもらってるのかと
喜んでいて…。
それに久しぶりに仙台土産を選ぶのも
すごく嬉しかったみたいで
いまは車がほしいと言っていて(笑)」
車かい!!と
みんなで突っ込んで笑った
ようやく
笑えた
6月
津波の被害にあった1階部分に
あとは畳をいれるだけ
という状況にまで戻ったそうだ
ただ
「海岸方面に歩いていくと
まったく何もない状態で…
その落差に愕然とするばかりで…
たった1kmの違いが
これほどまでとは…
いまそこにはもう誰もいなくて
親戚や知人を頼りに避難していて
あるいは避難所に身を寄せていて
だから誰もいなくて人手も足りなくて
まだまだ先は長いなと…」
いまはもう物資などは店に普通にあるので
そういう支援はいらなくなったと言っていた
むしろ
いまだに支援されることに戸惑い…というか
もう前を向いているのに後ろを振り向かされるような
親切の過剰さにどうしたものかと戸惑っている人もいるらしい
できれば忘れたいできごとで
忘れられないけれど忘れようとして必死で前を向いている
だからそっとしておいてほしい
けれど
忘れられることは怖い
地震が
津波が
この土地を飲み込んだことを忘れ去られるのではないかという恐怖は
常につきまとう
だけど
もう過剰な"被災者"扱いをされても困るわけで…
「そこらへんはものすごくデリケートな時機にきてるなと
親子だから言えるけど
せっかく厚意で"大変でしょう、被害に遭われて、何をしましょうか"
と言ってきてくれる人には
そうはっきりと言えるものでもなく
けれど
忘れたい現実に引き戻さないでほしいという気持ちもあり…
なんだけど
本当に人手が足りなくて
まったく何もできていない場所を目の当たりにすると
いま切実に必要なのは人手で…」
ひとりひとりに事情があり
ひとりひとりの状況は違い
ひとりひとりの感じ方があり
ひとりひとりの生活がある
デリケートな事態
想像力を駆使しても追いつかないくらい
デリケートな現状
そうなんだ…と考える
だったらさあ
と思いつく
人手が必要で
この震災で仕事を失った人がいる
そこをうまくマッチングできないのかな
たとえば東京や大阪に住んでいて
ボランティアで手伝いに行きたいけれど
なかなか仕事の都合がつかない
或いは
その一歩が踏み出せない
どうすればボランティア活動に参加できるのか
その方法がわからない
いろんな人がいきっとるはず
だったら
ボランティア代行してください!
という名目で
自分が仕事を休んで1泊2日でボランティアに行くとしたら
必要な経費が2万円とすれば
そのうちの1万円なり5千円なりを
「ボランティア代行ネットワーク」(仮称)に託してみたらどうだろう
現地で被災し
仕事を失い
時間はあるけれど仕事が見つからない
物はあっても以前のような心持ちで使えるお金はない
仮設住宅に移りたくても
自己負担になる光熱費や食費、一体、払えるのだろうか…
本当なら継続的な仕事を見つけられるのが一番だけど
とりあえず当座のこととして
たとえば日給5000円なり何なりで
ボランティア代行
というアルバイトはどうだろう
ボランティアに行きたいけれど行けない人と
仕事があるに超したことはない人
うまくマッチングできないかな
そんなことを夢想する
いろんな形で
長く支援すること
続いていく支援の仕方を考えること
いま必要なことをいますぐサポートできるように
ほんの少し先の展開を予想して
一足先に支援の体勢を工夫していくこと
仙台に実家のある知人の生の話を聞きながら
ぶわっと
いろんな思いが駆け巡る
思えば震災以降
どれだけほかのことで忙しくても
興奮するほど夢中になることに遭遇しても
いまのところ
一日たりとも意識が離れたことはない
それは自分の身にもふりかかっていることだから
かもしれない
風化してほしいことと
風化してしまうと思うと脚がすくむこと
風化したほうがいいんじゃないかと思うこと
決して風化させてはいけないこと
デリケートな心情
デリケートな日常
デリケートで無惨な時の流れ
ねえ私
そろそろ自分の脚で旅に出ようか