ブログ、久々の更新となりましたーアセアセ

うつ休職中だったパパの転職がやっと決まったり、
中1娘の初定期テスト前の勉強の詰めが甘すぎで雷落としたり.....

鬼嫁&鬼BBA業務に、少々心が無になってましたニヒヒ


心が無になると、
「書きたい!」
という衝動がなくなるんですが、

エネルギーチャージしているうちに、心がまた動き出した気がします指差し



さて、そんな時、見つけた動画にビビっときて、またブログ更新です。



ハーバード大卒業式。
イスラエル教とキリスト教、両方のルーツをもつ卒業生さんのスピーチは、
まさに現代の課題と、その向き合い方のヒントが含まれているなぁと感じましたびっくり



「聞く、理解するためではなく、
"打ち負かす" ために議論している」



この言葉に、ある身近な出来事を思い出しました。


今まではごく和やかな話をしていたのに、
いきなり、唐突に
移民
について文句を言い出す人がいるんですねアセアセ


あー、めっちゃ、そのことについて語りたかったんだなーとわかるんだけど......


その人自身が迷惑をかけられたわけじゃない
情報源はSNSだったり、又聞きの内容


それについて、猛烈に怒っている不安

まさに
「打ち負かすための議論」
をしたいって感じ。
移民が起こる社会構造とその課題も大事だけど、
SNSの前頭葉への影響も、大事やで?情報源がSNS「だけ」ってヤバいってはよ気づいてや

何のため?何故?


それはきっと、
「不安」だからこその「防御反応」
なのかな、と思いましたポーン



ちなみに、私が今働いてる職場でも、外国人が多くなってきました。
大抵の日本人はそれぞれ相性はあるものの仲良くしてるけど、
「外国人より日本人が偉い」
って態度で、挨拶もしない(向こうからしないと怒る)人もいて...
外国人でも イケメンなら甘いけど女性には厳しいオバチャンも。まぁこれは単なるイビリかな。


今の社会構造とかに不満があるのはわかるけど、
モヤりを個人宛に発散して、どうにかなる!?真顔


それって結局「分断を煽る」ってやつやん?


それより、
「どうしてそうなったか」
って、疑問に思わないのかな!?!?!?


不安とか言葉に出来ないモヤりを、ただ攻撃に転化してないー??





そして、今読んでいるこの本を思い出しました。

 

 イギリスの、人種も貧富の差もある元底辺中学校に通い出した息子と、パンクな母ちゃんのノンフィクション。


色々と印象的なことが多かったのですが、その中のエピソードで...


そこの中学校に、東欧系の移民の少年が入って来るんだけど、親の影響もあって、黒人やアジア系の子に人種差別な発言を繰り返す。

それで、逆にその子がイジメに遭ってしまいます。



興味深いのが、

「人種差別された」子は、その子と友達のままで、

「されていない」子達が、イジメをしている、

ということ。



"正義"は暴走しがち

人間は"裁きたい"生き物



「多様性ってやつは物事をややこしくするし、ケンカや衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ。

多様性はうんざりするほど大変だしめんとうくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」


パンクな"母ちゃん"の言葉は、色々と考えさせられます。






「無知の知」


大昔の哲学者が唱えた、

「"知らない"ことを知る」

の大切さは、時代を経ても変わらない。





「知らないことを知ろうとする」

「自分と違う立場から、物事を見る」


これは、すごく"居心地"が悪いかもしれない。


まさしく

コンフォートゾーン(居心地の良い場所)を出る

ってやつ。




「コンフォートゾーンを出る」

というのは、一時期よく教育系で言われていましたが、「海外に出る」だけじゃないと思います。


「自分と違う価値観と出会う」

のも、その一つ。




だけど、新しい価値観に出会う度に、いちいち流されたり全部受け入れようとすると、

自分自身が疲弊し、立てなくなってしまいますアセアセ




だから、

「自分軸」

は、根源的に大事てへぺろ


自分を癒すことも必要不可欠。




ただ、その

「自分自身」

だって作り変わっていく



細胞も、思考も。



その「自分」という個人が沢山集まって「世界」になってる。

そう思うと、なかなか感慨深いですキョロキョロ