京都大学等の入試カンニングについての話題が各紙をにぎわせている。入学試験の最中に問題をネットに投稿、第三者から試験中に回答を得ていたという。これに対し、電子機器の持ち込み禁止、さらにボディチェックや金属探知器の設置が予防策として上げられているが、予算、人手がかかることが課題のようだ。

悪い人がいると余計な予算がかかる。役所でも、何かの制度を作る際には、実行性をどう担保するとなり、違反にたいする罰則などを作ることがある。そして違反を監視する人や予算が必要となる。そもそも違反者がいないような世の中であれば、このようなお金はかからずにすみ、歳出削減につながるのだが、現実的には難しい。
久々に朝日新聞記事から。突然変異で生まれた大粒米が人気らしい。その名も「龍の瞳」。元農水省職員の人のたんぼで偶然見つかったとのことで、この人がブランド化し、売り込んでいるらしい。記事にもあるが、自立していこう、という風に考える農家が少ないようである。補助金や役所の指導を頼りに、そして役所も補助金や指導をもとに農家をコントロールし、与党議員に票を集め、癒着してきたのであろうからしかたがない。
この教訓を生かし、新しく補助金等を設置する場合は、やめるタイミングをあらかじめ明確化し、引き際をきちんと設定し、議員の票のための補助金にしないよう注意を払うとともに、補助対象業界の弱体化を促さないよう注意をする必要がある。


朝日新聞の社説に、与野党あげて政局政治に没頭してる余裕はない、とあった。
そう書きながらも、一面には支持率低迷の話がでかでかと、二面には首相退陣論、続く攻防、と政局をあおるような記事がでかでか載っている。確かに事実として支持率や政局についての記事を載せる必要はあろう。しかし、大切な政策論議ではなく政局を目立つところに載せるのはどうなのだろうか。
新聞ももう少し考えるべきではないか。