尾崎豊さんの「シェリー」


シェリーって女性名はよく歌のタイトルになりますね。


歌いやすいのでしょうか?

例えばチェッカーズの「シェリー」とか、スティーブ・ペリーの「OH!シェリー」とか。


尾崎の「シェリー」は、思い入れの強い曲です。

これは、浜田省吾さんの「家路」の時に書いたことですが、

「辿り着く」という言葉がこの曲にも歌われています。


「いつになれば、俺は辿り着けるだろう」

「家路」では「辿り着いてみせる」という決意を歌っていましたが、

この「シェリー」では「辿り着けるだろう(か)?」という

問いかけになっているところがなんとも言えません。


「家路」で書いたように、

省吾は「辿り着いた」んだと思うけど(精神的にとか、本人の目指す場所とかは置いといて)、

尾崎は「辿り着けなかった」んだと思います。


もう、亡くなってしまったので、

今の、生きていれば43歳くらいでしょうか、その歳の尾崎が

仮に、この「シェリー」を歌っていたとしても、

その歌声は省吾のそれと違い、未だ辿り着いていないのではないかと

想像してしまいます。


二枚目のアルバム「回帰線」のラストに収録されていたこの曲は、

「I LOVE YOU」や「卒業」、「15の夜」といった代表曲と並ぶ、

初期の尾崎の傑作のひとつだと思っています。


後年、尾崎の歌詞は自分の中から湧き出たものというより、

アメリカ文学の影響や、友人の話をモチーフにしたものだと

知りましたが、それでもなお、この曲の持つ力には

圧倒されます。


いつもながら

生意気言って、すみません。