あまりにも悲しすぎて、リアトモがみているメインブログには書けない話を
ここに書こうと思います。
東日本大震災から三カ月たちました。
地震だけでなく、津波の被害にあった方は、
三カ月たって悲しみは薄れたか?というと、
もっと深いものになっています。
地震の後、津波がきました。
テレビみれば津波が来そうなのがわかるだろ?
と、何もわからない人は言います。
しかし、地震の直後に、停電になっているのです。
何も状況がわかりません。
海から離れているところに住んでいる人は、
まさか、ここまで海の水が来るとは思わず、
大きな地震で怖かったね~と片付けを始めた人もいるでしょう。
海の近くの人は、津波を予想して、避難した人もいれば、
覚悟を決めた人もいます。
近所の人同志、声を掛け合い、
津波が来るぞ~逃げろ~と言っていたことでしょう。
しかし・・・体の不自由な旦那さんがいる奥さん。
近所の人に逃げろと言われても、
旦那さんをおいて逃げるわけにはいかない。
ゆっくり時間があれば、人の助けをかりてでも、
逃げただろう。
しかし、もう津波がそこまで来ているのです。
奥さんは言いました。
みんな早く逃げてください。
私はお父さんとここに残るからと笑顔で言うのです。
きっと旦那さんは、「お前は逃げろ」と言ったと思います。
それでも、夫婦で一緒にいることを望んだ奥さん。
家に津波が押し寄せました。
奥さんが津波に流されてしまいました。
旦那さんは・・・浮いているタイヤにしがみついているところを、
近所の人に助けられました。
奥さんはいまだに見つかりません。
旦那さんは、何もいいません。
津波の前の二人の会話は、誰にもわかりません。
この話は私の知人の話です。
悲しすぎる話です。
この震災のあと、
これと似たような話がたくさんあるのです。
旦那さんの留守中、
足の悪い義理の母を見捨てることができずに、
逃げることをやめた妻と娘(孫)。
早く逃げろ!と言われたけれど、笑顔で手を振った二人。
三人とも行方不明のまま、
仕事にいっていた旦那さんだけが生き残った話。
どうかどうか・・・・ご自分を責めないでください。
しっかりと生きてください。
・・・としか、言葉がありません。
三カ月たち、悲しみはより深いものになっています。
世帯主が死亡した場合
お金がおります。
保険金もあるでしょう。
今回は遺体がみつからなくても、死亡届を出すことができます。
しかし、遺体が見つからないのです。
もしかしたら、生きているかもしれないという小さな望みをもち、
死亡届をだすことができないのです。
あきらめたら、亡くなったご主人に申しわけないと、
出すことができないひとが、多くいます。
いつになったら、みんなに笑顔が戻るのでしょう。