ということで、そんな経緯は3月までのはなし。


3月の30日。

大学院を卒業して、同級生はみんなてんでんばらばら。


最後の飲み会。



その前日に、新会社設立の話がなくなったこと、行くあてがなくなったという現実を突きつけられました。



初めてでした。

飲み会で全くしゃべれなくなってしまった。



飲み会なんかいっつも口から生まれて来たくらいしゃべっていたのに、初めて黙っていた。


黙ったいたというか、言葉が出てこなかったという表現が正しいかもしれない。





なぜか。

今考えると「現実」という「自分の愚かさ」に直面したからだと思う。




普通の就活をなげすて、
自分の研究に没頭し、
みんなの忠告に一切耳を貸さずに、
夢を語り、
決まりもしてない新会社設立や仕事の話をしていた自分。


その愚かさに直面察せられた。
直視しなければならない現実にさせられた。






先輩の話は胡散臭い。
結局お前は何も努力してない。
挫折したことないんだろ。
口だけで何も自分でしていない。



胸の内側をえぐり取られるような感覚。












自分は劣等感の塊だ。


学力はそこそこで、運動神経も特別いいわけでもない。

太っているし、かっこいいわけでもない。

資格や賞もないし、音楽やカメラなど人に自慢できるほどの得意なものもない。

何か人よりすぐれているか?と聞かれれば、責任感という言葉しか出てこない。



そう。



人一倍の責任感と正義感。




それが今の自分のアイデンティティーを形成している。




だからと言って、カリスマ性があるわけでもないからヒーローなんかにはなれたことはない。



中途半端な生徒会長。


クソ会長。



そんな風にも裏で呼ばれていたのかな。






いつしか、ヒーローになれないから心のバランスとるために、

悲劇のヒーローを演じることに慣れてしまっていたな。





自分は弱い人間なので、でかいことを口しなければそれに近づこうとしなくて、

しょっちゅう「あれがしたい」「これがしたい」なんて話をしていたな。



それにも慣れていたのかもしれない。





人一倍責任感が強かったから、部活やサークルでもうざい学級員タイプの人間で、

そういうときにみんなを引っ張っていくのが下手糞だから

その「孤独感」は常に感じていたのかもしれない。




そんな風だったから、多分コミュニケーションの取り方がすごく偏っていて、

見方によっては下手糞なのかもしれない。



友達には見透かされていたけど。。










つまり。



今回のそのしわ寄せというか、

自分自身の自我形成のバグ部分があからさまに露呈した。






そんなこんなんで、みんなにボロカスに言われた最後の飲み会でした。


最後の別れがあんな形で、ひどくさびしかった。







でも、ありがとう。






一般的な、就活サイトに登録して、SPI勉強して、企業研究してという就活をやめて何をしたか。



当研究家のOBのカバン持ちをさせてもらいながら、大手ではなく元気な中小企業に出会いたかったからです。
(大手就職サイトでは探しにくい)


OBのかたは、自分で企業をし、中小企業を専門にコンサルしているかたで、すごい人的ネットワークを持っています。



その方と一緒に行動するのはとても刺激的で、出会う人出会う人明日を見ていました。

今日の業務に追われる人、今上にいる人を見ている人ではない人たちでした。




その人たちとの出会いができる、そんな仕事をしたい。

なので、そのOBの方のもとで働くことにしました。





さっそく、クライアントのもとで新事業所の開設に携わったり、大学院に通いながら週6、7で働いていました。





けれど、このクライアントが問題だったのです。



会計処理もぐちゃぐちゃで、大口の契約先から契約を切られた瞬間、中を開けてみた腐っていた状態。

どうしようもない状態で、整理解雇をし、OBの上司はなんとかコンサルからも抜け出しました。



しかし、上司のコンサル会社も事業を分割し独立新会社を建てるつもりで、さらに自分がそこの役員になるつもりでした。

その話もこうなってしまっては、どうしようもできなくなり、話は流れました。



つまり、そのコンサルの会社にもともと入れるつもりもなく、雇うつもりの新会社設立がなくなってしまい、自分の働き先はなくなったということです。






新卒の何もできないやつを抱え込むことなんて、少数精鋭のベンチャーでは、景気のいい時でなければ必要ないということです。






身ぐるみはがされた自分は、肩書がなければ1銭も稼げない人間だということ。


その現実をまざまざと思い知ら示された瞬間でした。





そこから自分の行く末はどのようになるのか、今現在、考え中のようです。




そう、1ヶ月たった今でさえ、何も進展がないのです。





これが今までの経緯です。
ニート生活までの経緯。







大学は関東のM大学にAO入試という、半分裏口のような試験で入学。


勉強はやっぱりついていけずに留年。




物理学科は何ができる?
機械や電子や情報学科と違いわかりずらいよね。


これが物理学科の就活の定番。




さらに、研究は生物物理という生物なのか化学なのか物理なのかわからない、研究室。





自分のとりえ。
それは、そうやっていろんな知識を持っていること、俯瞰できること、客観的に物事が見えること。


だから、さらに見識を広めたく、大学院は関西の経営学の(理系寄りの特殊な)大学院に行きました。


企業からの客員講師が、その理系寄りの経営学を教えてもらったのもあって。




経営学は自分にすごく合っていて、勉強は学部時代には考えられないくらいしました。


研究も楽しく、アクティブに現場入って、大手メーカの最末端で汗かいてエアコン取り付けもした。




だから、自分の考えた理論を実践したく、その企業にエントリーして最終まで行きましたが、落ちました。









それは多分自分が、「異端児」だからです。








歯車になって、人から言われたことをただやることが苦手なんです。嫌いなんです。



本当のこと言えば、1→100の作業ができないんです。




だから、中学の時から0→1をずっと考えてました。



だから、俯瞰したり、客観的にいろんな立場から見て、0.01の気づきを100集める力を磨きました。







最終落ちて、それでも研究だけはしたくて、この理論を絶対に完成させたくて、それ以降一般的な就職活動はやめました。



つづく