25.11/02 sun. 15:01-18:15


興福寺を南に

ならまち大通りを渡って少し


西側、元興寺 東門


極楽堂 (本堂)

後方に、禅室

元興寺/南都七大寺のひとつ
蘇我馬子が飛鳥に建立の法興寺 (飛鳥寺)
平城京遷都にともない移転した

旧称「元興寺極楽坊」
真言律宗、西大寺末寺

元興寺、別称「元興寺塔跡」
華厳宗、東大寺末寺
五重塔・観音堂の系譜を引く

ならまちのウインドー
郷土玩具の張子の干支で12年の年賀状製作…
どこかに尸舞い込まれているはずですが

元興寺南の通りを東に
今西清兵衛商店「春鹿醸造元」
きき酒、700円ありましたが
まだまだ先、歩きますので

東の通りを北に、旧大乗院庭園
北側の奈良ホテルとともに大乗院跡地
一乗院跡は、奈良地方裁判所

一乗院と大乗院の門跡寺院は
神仏分離令に還俗され、華族に…

春日大社と一体関係なの強さに空寺となり
西大寺や唐招提寺が管理の後、廃寺

明治政府が、興福寺支配の大和國を財源に?

1881年 (明治14年) 再興を許可


庭園跡交差点から北側を東に、瑜伽神社

興福寺の大乗院の鎮守社として

瑜伽 (ゆうが) とは呼吸と精神の合一をはかる…


道なり東に、天神社

拝殿

本殿/祭神 少彦名命・菅原道真公

稲荷社

柿本社

住吉社

道なりに北に下って
(つづく)

25.11/02 sun. 15:01-18:15


近鉄奈良駅、行基菩薩像

行基/668年 (天智天皇7年) -749年 (天平21年)
家原寺 (堺市) の地に生誕

喜光寺 (奈良市菅原町) の地に遷化
生駒市の生馬山 竹林寺に「史跡 行基墓」

東向商店街を南、三条通りを東に
猿沢池の手前、采女神社

北に石段を上って

興福寺 南円堂への中程を左に

延命地蔵菩薩像

国宝 三重塔

南円堂を仰ぎ見て

宝蔵流 胤栄 守り本尊 摩利支天石

坂道を東に、北円堂 (国宝)

右回りに、南円堂
本尊 木造不空羂索観世音菩薩に納経
御朱印に大行列できていて、帰路でも良いし…


中金堂

東金堂 (国宝)

9番 興福寺 南円堂

宗派 法相宗

開基 藤原冬嗣

創建 813年(弘仁4年)

本尊 木造不空羂索観音菩薩

 おん はんどま だら あぼきゃ じゃやでい 

 そろ そろ そわか


南に、広い石段を下って

元興寺に向かう。

(つづく)

25.10/26 sun. 14:01-17:20


法起院から

初瀬街道を西に向かう


国道165号に合流から出雲の集落までは
雨はともかく、クルマの水はねにびしょ濡れ

十二柱神社


力士が支える、狛犬





拝殿

本殿
神世七代/国之常立神にはじまる七代
地神五代/天照大神にはじまる五代
十二柱を祀る

本殿の右側境内社、金刀比羅山社・厳島社

左側境内社、愛宕社・金山彦社

第25代 武烈天皇「泊瀬列城宮跡」伝承地


出雲の集落は、初の天覧相撲で勝利した 

野見宿禰(のみのすくね)を祖とする


この地は相撲をとった穴師の相撲神社とならぶ

相撲発祥の地とされる


出雲集落から西へ
国道165号線沿いに、白山比咩神社
祭神/白山比咩・菅原道真



玉垣の右に、萬葉集発耀讃仰碑 
(まんようしゅうはつようさんがんのひ)
万葉集冒頭、雄略天皇の歌碑

「籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます児 子らが手本に 何摘ます」

国道を南に渡ると

第21代 雄略天皇「泊瀬朝倉宮跡」伝承地案内板


初瀬街道沿いに、一の鳥居

西に向かい、南に大和川を渡って
近鉄大和朝倉駅に至る。