今日は川越のマルヒロの文具屋へ買い物へでかけた。
とりあえず万年筆の試し書きをしたが、予算の都合上手にあった万年筆を購入することは難しそうだった。身長が178センチあり、手も小さくはないのでサイズ的には各ブランドのもっとも太いものがおすすめということになった。定価だと7万円以上からになりかなり考えてしまう。太くなるほど高くなるのが筆記具の悲しい原則らしい。しかし値段がするものは恐ろしく握りやすかった。
今の僕の道楽は行政書士の勉強であって、文具でいいものはないかと土日に探す事が多くなった。
書き味や握った感じ、スラスラ感などだと万年筆がよいと思うが店員にはデルタのボールペンに水性のインクを使ってみるのをすすめられた。しかしデルタも一流ブランドなので6万くらいはするため購入はできない。
万年筆は既に所持しているペリカンM400を使用してみようと思い、普段使いの場合はノートが頼りなかったので万年筆向けのノートと思い帯に万年筆も対象としているらしい紳士のノートを購入した。1冊1200円という値段、通販だと900円くらいになるみたいだけれどこんなものか。
人の多い所を歩いていると、僕とは違って幸せそうな人たちが物凄く多い。明らかに僕のような悩みや苦しみがない人達だ。
目的をもって行動していれば目に入らないと言えない位、理不尽な事が多く、世の中も自分の可能性も一切信じる事ができない人生だからいつも嫌になる。
男の幸せは、仕事、女で大抵は決まるというけどその通りだと思う。仕事もやり甲斐がなく、努力をするには環境が必要だし、これをやっていたら報われるというほど単純ではない。チャンスなどないのだ。だからこそ資格の勉強をするなりして自分でチャンスを作れないかと模索する。多くの優良な大手企業に入っている人や銀行などに努めている人はこういった泥水を吸って生きるような苦労はみじんもない。目の前の事をこなしていけば済む事がほとんどだし、自分で行動すればよいだけ。TOEIC900を取ろうがあっそうという感じの僕とは違い、ビジネスで活かすことが可能だしスタート地点や人生が違うことが羨ましい。
女性関係だって明らかに努力をしていない男性であっても縁というかチャンス次第だし、僕は婚活に参加しても目が出そうになかった。自分から幸せになろうというような女性はおらず、ひたすら人間嫌いな女性しかいないのが婚活というのが結論だ。結婚したいとそもそも思っていない人しか婚活はしていない。
努力というのは恵まれている人にだけ許された特権であり、多くの人にはそれすらも認めないのが日本という国だと思う。テロがどうこういう以前にこれだけの格差を社会が強制しているのになんで白々しく政治家は大口を叩けるのだろうか?彼らが居なければきっともっとひどい世の中になりそうな気はする、だけど僕みたいな存在は人として幸せになる権利なんて必要ないんだろう。
日本は一部の消費する人間と多くの消費される人間を生み出した。格差なんて当たり前なのになんで隠したがるのか?高校といっても地方の公立高校とエリート高校では家畜と人くらい教育格差がある。成人後にそれを知り努力したくても、環境も与えられない、捨て駒としての人生、現実逃避しかできない人生、さらに運の無さから孤独な人生を送るというのはとてつもなくつらいこと。
自分の努力を信じる事も出来ないけれどでもそれしかない。努力と工夫にすがって生きていくしかない人生、もっと自分の事を理解し努力していきたいと思う。
