占いの有効性とは?(14) 年表
前回の記事では、算命学・八木橋本で
大運天中殺が最も激しく現れた歴史上の人物
について、
アドルフ・ヒトラー
が書かれていたことを紹介しました。
確かに 世界中の人が巻き込まれていった
巨大な運命の渦を作り出した元の人物として
ヒトラーなら納得という気がします。
当時小学生5年生だった私は
この文を読んで
大運天中殺ってすごいんだなあ!!
と一人興奮した覚えがあります。
ただ現在大人になった私の目から見ると
本当にヒトラーの運命と大運天中殺って
関係あったのかな?
と事実ベースで確認したいという
気持ちが強くあります。
そこで年表を見てみました。
ちなみにヒトラーの大運天中殺は
45~64歳の間の20年間です。
決選投票でヒンデンブルクに敗北して落選。
しかし国会選挙では第一党に躍進してさらに影響力を高める。
1933年(44歳):ヒンデンブルク大統領から首相指名を受ける。
全権委任法制定、一党独裁体制を確立。
(これより前半・大運の10年間)
1934年(45歳):突撃隊幹部を粛清して独裁体制を強化
(長いナイフの夜)。ヒンデンブルク病没。
大統領の職能を継承し、国家元首となる(総統)。
1936年(47歳):非武装地帯であったラインラントに
軍を進駐させる(ラインラント進駐)。
ベルリンオリンピック開催。
1938年(49歳):オーストリアを武力恫喝し、
併合する(アンシュルス)。ウィーンに凱旋。
ミュンヘン会談でズデーテン地方を獲得。
1939年(50歳):チェコスロバキアへ武力恫喝、
チェコを保護領に、スロバキアを保護国化(チェコスロバキア併合)。
同年に独ソ不可侵協定を締結、ポーランド侵攻を開始、
第二次世界大戦が勃発する。
以降大半を各地の総統大本営で過ごす。
1940年(51歳):ドイツ軍がノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギー、
ルクセンブルク、フランスに侵攻。フランス降伏後、パリを訪れる。
1941年(52歳):ソビエト連邦に侵攻を開始(独ソ戦)。
年末には日本に追随してアメリカに宣戦布告。
(これより後半・天冲殺の10年)
1943年(54歳):スターリングラードの戦いで大敗。
また連合軍が北アフリカ、南欧に攻撃を開始、イタリアが降伏する。
1944年(55歳):ソ連軍の一大反攻(バグラチオン作戦)により
東部戦線が崩壊、
連合軍が北フランスに大規模部隊を上陸させる
(ノルマンディー上陸作戦)。
1945年(56歳):エヴァ・ブラウンと結婚。
ベルリン内の総統地下壕内で命を絶つ。
うーん、こうやって見ると、割と前半の10年間は
調子がいいですね。
歴史的な見方としては一般的には
1941年のアメリカ参戦と ソ連に侵攻を開始した
独ソ戦がドイツ敗北の原因と言われています。
ただ、敗北が決定的となったのは1943年の
スターリングラードの戦いでの敗北です。
この時がちょうど大運天中殺10年目です・
次の年から大運が終わって
天冲殺が始まったのですが
2年足らずで人生が終わって
しまったんですね。
全体的な感想としては
(大運天中殺はあながち的外れとも言えないな。)
(うーん、やっぱり占いって当たるんじゃないかな?)
という気はしました。
