八幡図書館へ
17日はJC事業の調べ物で八幡図書館にこもっていました。
この図書館はJR八幡駅近く、自分の会社&自宅のすぐ近く。
まあ、自分が通ってた小学校跡の横にある建物です。
同級生の中柴顧問もその小学校に通っていました。
インターネットが便利な時代ですが、
やはり図書館でしか得らない情報もまだまだ沢山あります。
特に地域に関する情報を入手するには図書館がイチバン!
この日も北九州に関する貴重な情報をゲットしました。
皆さんも是非活用してみてください。
しかし、歴史って紐解くとほんと面白いですね。
偶然というより必然というか・・
何かしらの不思議な巡り合わせを感じることがあります。
ちなみに・・・
この八幡図書館は昭和を代表する著名な建築家である村野藤吾の作品(昭和30年建設)。
この付近は村野作品が沢山あります。せっかくなのでこのブログで紹介。
村野藤吾設計により昭和33年に建設。
建物西側には西日本初の公立美術館として八幡美術工芸館が開館。
現在は八幡市民会館美術展示室となっています。
↑福岡ひびき信用金庫本店。これも村野藤吾の作品。
これらは歴史的財産でもあります。
「まちの記憶」として後世に残していかなければいけませんね。
そして、八幡市民会館の敷地内には、こんな碑があります。
ここは日本の都市公民館発祥の地。
戦後、八幡市の初代市長となった守田道隆が戦災で荒廃した八幡のまちの復興計画を
策定するにあたり、まずはアメリカへ視察に行ったそうです。
その時、シカゴのブロックエデュケーションセンター(地域の団体教育機関)を見学し、
昼間夜間を問わず老若男女、6歳から社会人までが自ら学んでいる姿を見て、
感銘し帰国後、特に婦人の教養知識向上、社会活動の促進、青少年の団体活動を
期待して公民館建設計画に取り組んだとか。
その日本初の公民館「八幡市公民館」が出来たのが昭和26年。
それから中学校区を1ブロックとして校区ごとに幼稚園併設の
地区公民館を設置したのが日本における公民館運動の始まりでもあります。
公害克服に尽力した戸畑の婦人会の活動も、市民運動を起こせるこういった下地が
あったからこそ成功に導いたのかもしれませんね。
そして北九州市になる合併前の八幡市の市歌。
この碑は八幡東区役所にあります。
天の時、地の利、人の和・・・。
実はこのフレーズが使われているのです。
昨年、安里会頭の所信を読んだ後、
昔の記憶をたどってこの碑に確認に来ました。
うむ、これも巡り合わせなのか・・・。
を勝手に想いを馳せながら・・・
いまから第一回北九州スイーツフェスティバルの
オープニング式典へ行ってきます。





