わっしょい百万夏まつり正副部会長会議
27日は、わっしょい百万夏まつり正副部会長会議でした。
実行委員長として会議議長を担当。
思い起こせば・・・・
2002年 アカデミー委員会の時に、まつり大集合での小倉祇園太鼓の警備担当。こんな躍動感ある市民溢れるお祭りをJCの先輩が始めたこと、それ脈々と継承させていることに、現場でかなりの衝撃を受ける。
2003年 当時のJC濱田理事長の特命を受け、多少マンネリ化していた、わっしょいの改革担当委員会副委員長として、委員長の森君(現副理事長)、幹事の小田君(現室長)とともにYOSAKOIの導入、屋台村の設置等などを提案し紆余曲折しながらなんとか実行までこぎつけた。あの時は先行事例を学ぶため新潟や北海道、佐世保まで視察に行きましたね。
2004年 委員長として、YOSAKOI事業2年目を担当。この事業の定着化を目指し、企画の作成実行、祭り運営の市民組織結成準備、わっしょいYOSAKOI市民チームの立ち上げ等々で動いた一年。この事業の骨子はここで固まりました。さらにわっしょいと深く深く絡む。
2005年 わっしょい百万夏まつり振興会にYOSAKOI部会が立ち上がり副部会長へ就任。しかしLOMでは総務委員長でした。ここからJCでの役職に関係なく、わっしょいに絡むことになる。
2006年 アカデミー特別室室長。JCとして、わっしょい百万の窓口担当。さらにどっぷり関わる。しかし、まつり大集合の現場では悲しい事件も発生して複雑な思いが混在した思い出が…。
2007年 副理事長として「メイドイン北九州2007」という北九州ブランド屋台村事業を松永君(現副理事長)、石川君(現室長)とともに担当。以前関わった屋台村事業の経験がここで生きる。出店店舗は2日間ともほぼ完売。恋文俳句事業もこれに上手に絡めましたね石川君。
2008年 わっしょい百万夏まつり未来構想委員会の委員就任。わっしょいの未来をカタルヒト=語る人になる。市制45周年記念としてYOSAKOI九州中国祭りが盛大に開催され120チーム3000人が北九州に集結。
「メイドイン北九州2008」も開催。
2009年 理事長として わっしょい百万夏まつり実行委員長へ就任。
このお祭りに関わって、何度となく、学び驚き悩み悲しみ笑い喜びました。
自分のJC生活はこのお祭りと共にあったのかもしれませんね。
そんな自分が、JCの誇りであり、市民の誇りである〝わっしょい百万夏まつり〟の
実行委員長を仰せつかったのはJC理事長の宛職とはいえ大変光栄なことです。
今、自分にとっての「地元のお祭り」とはこのお祭りのこと。
そんな想いを思ってもらえる市民がひとりでも増えるようにするのが自分の仕事でしょう。
それはイコールで市民のこのまちに対する想いに繋がります。
正直言って、このお祭りも財政難の折、厳しい緊縮予算に対応しなければなりません。
そんなときこそJCは英知を振り絞り、青年らしい斬新な発想力を持って、祭りの新しいエネルギーを創出するときです。
その点は09アカデミーのパワーに期待して。
そして世の中を包み込んでいる閉塞感を、この祭りでガツンと吹き飛ばしていきたいですね。
↑夜の事務局で内川室長から北海道直送の・・
あの噂のお土産を頂きました。有難うございます。

