昨日の朝は3年ぶりにヘブンリーブルーの花が咲きました。
なんせ、今回はアメリカの友人にわざわざ送ってもらった種なので
と~っても嬉しかったです。
国内で購入した種は上手く育たなかったのですが米国産は綺麗に開花しました。
しかし、このヘブンリーブルーは虫に弱いんですよねぇ。 暑さにも。
だから沖縄では秋や冬に種をまくと結構うまく咲いてくれます。 朝顔なのにね。
話は変わりますが先日テレビで見た医師についてネットで検索し、
その講演の記録を今朝は読みました。
その医師は非配偶者間の人工授精で誕生した方らしく精子提供者である遺伝上の父親を
探して活動している様子がテレビに映し出されていました。
なんでも医者になって偶然のことから自分と母親・父親の血液を調べることになり
自分が精子提供で生まれたということが判ったのだそうです。
私は以前から人工授精などの生殖医療に関心があり
(子供自身が生殖医療によって誕生したと判った時にどのような気持ちになるのだろう?)
とよく考えたりしていたので昨日テレビで見た医師の気持ちを聞いて
内心(やっぱりな・・・)と思いました。
人は誰でも自分は何者なんだろう? なぜ生まれてきたのだろう? と一度は考えます。
それが人工的に人の手を介して「自分」は誕生したということをもしも知ったなら・・・
それが自分自身だったら・・・と考えると非常に複雑な気持ちになるのではないかと
思っていたからです。
加藤英明さんは日本でただ一人実名を公表しているAID(DI:非配偶者間人工授精)で
誕生した人で、しかも御自身が医師ということもあって講演内容を興味深く読みました。
医師になるような人なら、とても合理的・理性的に物事を考えられるだろうと思うのですが
事実を知ってから「これまでの人生を作ってきた、根本にあるところが崩れていくような感じがした」
と仰っています。
確かにそう感じるだろうなというのは想像できます。
誰でもそうだと思いますが、よくよく考えてみると「私」というスタート地点には「父母」が存在しており
その存在を起点として「私」が始まるので、その一方が突然空白になるとぐらつくのでしょう。
加藤さんの講演は色々と示唆に富んでおり問題も複雑ですが長文ですが御一読をお勧めします。
http://blogs.shiminkagaku.org/shiminkagaku/csijnewsletter016_201302_kato.pdf
しかし、「子供を持つ権利」と「第三者の身体や権利を売買してまで子供を持つ権利は許されるか」
ということの呈示には考えさせられますね。
また、生殖医療によって誕生した子の「出自を知る権利」等を考えると
問題は本当に複雑だなと思います。
全文を読む時間が無いのなら25ページの質疑応答の部分を読むのもよいかなと思います。
でも、加藤さんの遺伝上の父親を見つけるのは難しいでしょうね。
名乗り出ないと思います。