松谷みよ子の絵本を読んだことがある人は多いと思う。
0歳
私も、セットで買って家にある。
このセットの中に出てくるモモちゃんという子が気になって、松谷みよ子の自伝を読んだ
1〜2歳
離婚していたり、劇団の生活をしながら子どもを育てていたりで、それが現れている『ちいさいモモちゃん』シリーズを早く読みたくて、確か娘が3歳頃に読みきかせてみたら案外聞いてくれて、全部読んだ。
3歳
そして時は過ぎ、年長になり、それももう終わりだ。
『龍の子太郎』を絶対読む保育園である。
私もこれは絶対に読みたかった。自伝で、長野の山へ別れた夫と民話採集に行く話が出てくるのだ。
でも、何となく忘れてた。というか、保育園で読んでくるので、私はいいか、と思ってたんだと思う。
3月になり、今まで保育園で読んできた大事な絵本達を貸し出してくれるようになったので、読んだ。
6歳
数日では読みきれなかったので、図書館で借り直した。
あと2話くらいのところで、私は読みきかせをしながら涙が出た。
私はこのシーンのあと、海を見るシーンになって涙が出ました。読みながら涙が出ているのを見て、娘は涙を拭いてくれて、どうして泣いてるの?と聞いてきました。
私は、娘の通ってる保育園では龍の子太郎を絶対読むし大事にしている保育園で、そして保育園の卒園合宿で馬を見に行って乗ってみたり、灯台に行って海を見に行くので、その意味を強く感じて、今娘に起こっている豊かさを感じたからです。私は、娘に、「保育園で馬に乗ったり海を見に行ったりしたでしょ、それは、本物を見てほしいって思ってやってくれたことなんだなあと思って嬉しかったの」と言いました。
chatさんに書いた文章より。
話としては、怠け者の龍の子太郎が、母の探す旅に出る話。
稲もとれない山あいの貧しい村々に、稲を教える太郎。母は大きな湖の底にいる龍で、この湖の水を流せばそこに平らな土地ができて稲が作れるじゃないかと。
寒い雪に埋もれた太郎を、あやが白い馬に乗って空から助けに来て、そして海を見る。山を崩せば、水が海に流れるじゃないか…というシーンだった。
私は泣きやんで、もう読んだことのある娘に、
お母さんに会えるのかな?と聞いたら
会えるよ。と嬉しそうに教えてくれた。
村から出て山を越えて、海まで見る太郎は、外の世界に旅立つという意味。助けに来てくれるあやは、誰かの力がないと生きていけないこと。
そんな教えがあるのか分からないが、物語としてあのシーンからは、その空から海を見て開ける感覚と、あやが見守っていてくれていざという時に助けに来てくれるという感覚は、それそのものだと思った。
それを年長で大事に読んでくれる保育園。保育園を卒園して、小学校という荒波(?)、一つ広い世界へ出ていく子供達に、なんて素晴らしい贈り物をしてくれたんだろうと思った。
泣いて、娘を寝かしつけ、目覚ましをかけ忘れて寝た私。
夜勤に寝坊した…![]()


