こんにちは!

絵本作家のきゃっとえいぶるです。

 

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この記事では、がん治療後の復職で私が感じた苦しさと、

それを癒した“うずまき”の絵の話をしています。

つらい状況にいる方に、「生きていていいんだ」と感じてもらえたら嬉しいですスター

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■復職後のしんどさと不安

 

6月に入ったなーと思うと思い出すのは2022年。

当時の私は

大きながん治療を終えて

再び通常モードへ戻ろうとしていたときでした。

 

約1年、がん治療で仕事と病気休暇を繰り返して

なんとか通常勤務に復職しました。

 

 

 

 

復職前は通常モードに戻れるかな?と不安でしたが

 

1年は長いようで短く、

その前に10年以上はフルタイムで働いてきたので

意外とすんなり元の生活に戻れた…

 

と、最初は思っていたのですが。

 

やっぱりフルタイムで働くと疲れが出ましたゲッソリ

 

体力落ちてて体もしんどい

 

周囲で生理休暇を取得したと思われる同僚を見れば、

治療で妊孕性を失った私は、

ああ、私はもう、子供が産めない、、、

落ち込み

 

その頃はトリプルパンチ的に

仕事内容もしんどく、

 

その前の1年休みがちだったので、

順番で回ってくる班長やリーダーの役目を

全部パスさせてもらっていた分の

役割がまとめて回ってきて

 

当時の私には全然それらがこなせませんでした。

 

 

 

 

また、本業だった「発生する作業の安全の確認」も

「これは危ないのでは?」

と心配になることがたくさんありガーン

 

でも、それを回避する方法が

さっぱり分かりませんでした。

 

良かれと思って提案したことが

裏目に出たりえーん

 

例えば報告書を何度も提出してもらうのは

大変だと思って

 

「今月中に対応したら対応済みということで

 こちらで書類を作成しますので

 対応していただけますか?」

と提案したところ、

 

「そんなのムリに決まってるでしょう!?

 なんて無茶なことを言ってくるんですか!?」

とキレられたり昇天

 

とはいえ、今振り返ると

実はわたしの取り越し苦労的な心配事も多かったんだな、

と思います真顔

 

まだ危ないことは起きていないのに

私の頭の中では

 

こうなって→ああなって→こうなったら

大惨事じゃん!?

 

きゃー、どうしようーーーーえーんあせるあせるあせる

 

って焦りまくってました。

 

後輩には

「きゃっとさん、何を心配しているんですか?

 まだ何も起きていませんよ?」

と言われたことがあるのですが、

 

私の頭の中ではすでに大惨事が起きているので

もう心配で心配でたまりませんでした。

 

家に帰っても

お風呂に入っていても

休日でも

 

どうしようどうしようどうしよう・・・

 

絶えず不安でしたえーん

 

これはがんの問題以前にわたしの性格もあると思うのですが、

 

元気な時はそれに耐えられても

心身ともにダメージを食らっていたわたしは

その絶え間ない不安が非常に堪えました。

というか、やっぱりあの頃の私は本調子じゃなかったんですね、たぶん。

 

六月って祝日がなく、

七月の祝日までノンストップ。

しかもその七月の祝日も仕事の予定で

それを思うと気が遠くなり、

気持ちも休まるときがなかったですガーン

 

仕事に復職するときは

「こんなにたくさん休んで迷惑もかけたし

 一年くらいは文句を言わずに仕事に励もう

とか決意していたのですが、

 

全然ダメでした。

 

■糸が切れた日と過換気

 

六月のある時、プチッと糸が切れて

「もうだめ!!!」

と発狂したかのように体をあちこちにぶつけて

のたうち回りました。

 

魔の六月でした・・・。

 

 

 

 

そんなこんなでボロボロになりながら

七月の祝日勤務ももうすぐ、

というころに、

仕事中にだんだん息が苦しくなり、

胸がギューッとして

頭もくらくらとして

苦しいーーーーと

うずくまり、

 

心配した同僚が救急車を呼び

救急搬送されました。

 

でも結局どこも悪くはなく、

ストレスによる過換気だといわれました。

 

そのまま精神科に行き、

再び一か月の病気休暇をとることになりました。

 

わたしは再び周りに迷惑をかける自分が申し訳なく、

 

どこも悪くないのに救急搬送されてしまうくらい

すごく精神的に弱くもろいことが恥ずかしく、

 

頑張ろうって決めたはずなのに

こんなすぐに弱音を上げる自分が情けなく。

 

でもそれ以上に

不安が大きすぎて

これ以上働いていく自信はすっかりありませんでしたおばけくん

 

生きていくのがとてもつらい、と思いました。

 

がんになりながらも

せっかく命を繋いでもらったのだから

そんなことを言ってはいけないと思いながらも

もう生きていけない、と思いました。

 

当時インスタで励ましあっていた同病の方が

虹の橋を渡っていかれ、

それも堪えました。

そしてその方に申し訳ないと思いつつ

その方は亡くなったのに

自分は何のために生きているんだろう?

と思いました。

 

なんにも役に立てない。

すぐに音を上げる。

周りに迷惑をかける

 

一か月の休暇をもらったけど、

一か月後には復帰しなければいけない。

 

そして一か月休んでも問題は解決していないから

問題を先送りにしているだけだと思って

仕事もたまるだけだ、、、

と精神科では言ったのですが、

 

医師には

「それは一か月後に考えましょう」

と言われました。

 

一か月後・・・。

その時の自信がないし

もう消えちゃいたい。

私には何の価値もない。

 

そう思っていました。

 

■母との対話がくれた気づき

休暇中はほとんど母と一緒に過ごしていて、

母に自分がだめだと思う話を延々と鬱々としていましたが

 

あるとき母が

「なんでそんなに自分はダメだダメだっていうの?

 お父さんとお母さんはこんなに大事だって思っているのに

 お母さんも悲しくなる。

   きっときゃっとの友達も

   きゃっとのことを大事だって思っているのに。」

 

と言って泣きました。

 

当時の私は自分がダメなやつ、

怠け者、

何をやらせてもできない、

と当時は世界中から糾弾されているように感じ、

 

テレビのニュースを見ても

自分がだめな奴と言われているような気持ちがしていました。

 

今思い返すとちょっと、いや・・・かなり病的ですよね。ヘビ

まあだから休暇を取っていた状態なんですが・・・

 

そんな自分でも母に愛されている、ということが伝わって

わたしも母と一緒に泣きました。

あの日のことは多分忘れないと思います。

 

ある意味私のターニングポイントでしたスター

 

■“うずまき”から始まった再生

 

そんなこともあって、

自分の落ちていた気持ちをすこしでも癒したいと思い、

自分が元気になれる絵本を作ろう

と思いました。

 

そうやってできたものが

私のオリジナル絵本の「うずまきぐるぐる」です飛び出すハート

 

絵を描くことはわたしにとってホッとすることでもあるのですが、

当時は何もする気が起きないこともあって

でもそんなときでもうずまきをぐるぐるかくことくらいなら

できるんじゃないかな・・・?

とおもってうずまきを描いていました。

 

 

 

 

最初はうずまきを描いているだけでしたが

最終的には見開き15ページの絵本になりましたスター

 

 

絵本「うずまきぐるぐる」はこちらで販売しております↓花

 

 

 

 

 

 

そうしてうずまきを描いていると

少しずつ気持ちも落ち着いて、かつ上がってきて飛び出すハート

 

生きていていいんだ、

もしこの仕事が本当に向いていないなら

辞めたっていいんだ、

 

今の職場が合わなくても、

ほかにも合う仕事があるかもしれないし・・・

と思うようになりました。

 

そしてそう思えるようになったら

逆に

「もう少し働いてもいいのかな」目

と徐々に思えるようになりました。

 

そんなこんなでお盆明けに再び

復職できました。

 

今でも自分はとても役立たず、

と思って落ち込むことはあるのですが、

どんな自分でもいいんだ、

うずまきしか描けなければ

うずまきを描けばいいんだ、

と思えるようになりました飛び出すハート

 

先取りの不安はだいぶしなくなりました。

というか、

自分の人生の不安を使い果たした感覚ですあせる

 

その話はまたどこかで書きたいと思います。

 

長くなってしまいましたが

お読みいただきありがとうございました。

 

役立たずと思っていたたまれない思いをしている方、

大丈夫です!スター

 

なんにもできないと思っても

生きているってことは生きるための何かをしているはず。

(ご飯食べるとか、息を吸うとか)

 

うずまきを描くことはその少し延長線にあって

 

仕事をするのはそのもう少しだけ延長線にあるだけなんだと思います。

だからまず、あなたのうずまきを見つけてください。

きっとなにかあると思います!

 

あなたにとっての“うずまき”は何ですか?

 

この記事が自信を失っているあなたに届きますように。