変えられるもの、変えられないもの | お局秘書の日記

お局秘書の日記

酸いも甘いも噛み分けた(?)お局秘書のありふれた日常を、つらつらと綴ります。

中国で起きた2歳女児ひき逃げ放置のNEWSは、先週インターネットの

NEWSで見た時から気分が悪かった。

昨夜TVで防犯カメラに映った映像を見て、行き場のない憤りを感じた。

そして、そこで見て見ぬふりした中国人にインタビューした映像を見ていて

つくづく「日本人に生まれて良かった」と思った。


世の中にはどうしようもなく性根の腐った人間も居て、何をどうやっても更生

しようがない思想の人間も居る。

しかし、日本人の大多数には「人道的なモラル」というものが身に付いている。

ヨーロッパでは「世界で一番マナーの良い国民は日本人だ」と答える人が

多いとも聞く。


ただ、昨夜のTVを見ていて思ったのは、脈々と培われた文化や思想を

変えるのは容易ではないということ。

国民の数からして尋常ではない中国では、信用に値するものは「お金だけ」

であり「面倒なことには関わるな」という思想が定着している。

事実、人助けをすると逆に犯人だと誤解されとんでもないことになるらしい。

何故なら「後ろめたさが無ければ人助けなどするはずがないから」という

定義らしい。恐ろしく、また悲しいことである。


当たり前の話だが、文化や思想を変えることは難しい。いや、不可能だ。

自分の身近なところでも同じである。会社のカラーでさえ何十年も培われた

ものが時代遅れだと分かっていても、それを変えられないのだ。

政府や官僚のやりたい放題の陰で、国民だけが馬鹿正直に税金を払わされて

いると知っていても、それを変えようとするバイタリティは無いのだ。

しかしそれでも、瀕死の幼児を助けることすら出来ない国民に生まれなくて

良かったと素直に思ってしまった。


経済大国だと認められることだけが本当の幸せなのだろうか?

日本は良くも悪くも多くを体験した国なのだから、手遅れになる前に本当は

考えなくてはいけないのではないか?その課題を突き付けられているのは

「今」なのではないだろうか。


日本はまだ「変われる」可能性が十二分にある国だと私は思っているのだが。