私が20代の頃の友人にO君という青年がいました。
彼は一流とは言えない大学を卒業し、大手都市銀行に勤めていました。
なかなかの容姿端麗なスポーツマンで、周囲を引きつける「華」のある人物でした。
先輩には可愛がられ、面倒見の良さでは後輩から慕われ、勿論女性にも人気が
ありました。
彼の最大の魅力は、根性のある努力家というだけではない、サービス精神旺盛な
ユーモアとウィットに富んだキャラクターにあったと思います。
そんなO君でしたが、唯一彼の負い目は一流大学卒ではなかったことかも
しれません。
入社以来、彼は支店の営業マンとして大変努力し働きました。その甲斐もあり、
彼の営業成績は度々表彰されるようになりました。お客様からも可愛がられる
抜群のセンスを持っていたことは、想像に難くありませんでした。
三度目の配属支店で、彼にとって大きな出会いがありました。
銀行本店に於いて若くして頭角を現したものの、派閥争いに巻き込まれて支店に
左遷されていた支店長との出会いでした。
当時、O君とは割と仲が良かった私に「うちの支店長は将来絶対頭取になるで
あろう器の大きな人だ。支店長の為ならどんな苦労も惜しまない。」 というような
話を熱く語ってくれたことを覚えています。
実際O君は、その支店にとってかなりの大口契約を獲得し、その顧客法人トップ
から名指しで営業センスを褒められ、支店長も鼻が高かったに違いありません。
また、支店長がどれほどO君に期待をかけていたか、実は他にもあるエピソード
から私は知っています。
そんなO君でしたが「銀行ではどんなに努力しても一流大卒でなきゃのし上がれ
ない」と30歳になる前に転職を決意。
学生時代からの友人だった或るオーナー企業の二代目に切望され、支店長を
はじめとする周囲の反対を押し切って、銀行を辞めてしまいました。
その後、彼が尊敬する支店長は銀行本店に戻り、出世街道をまっしぐら。
彼の言ったとおり銀行の頭取になりました。
頭取になってからも、銀行の合併や不良債権問題がのしかかりましたが、今や
日本一のメガバンクのグループ代表トップの座に君臨しています。
一方のO君は・・・友人だった筈の二代目と上手くいかなくなり、その会社でも
持ち前のセンスで相当貢献したものの、ついにはその会社を去ることとなりました。
その後、彼が個人事業主になったところまでは知っているのですが、今はもう良い
便りは届かなくなりました。
私自身も常に思いますが、人生に「たら、れば」は通用しないのだと思います。
しかし、まだ若かった彼の選択ミスが彼の人生を大きく変えてしまったことは
返す返すも残念です。
きめ細かな気遣い、マメさ、完璧を期した仕事、いかにも仕事が出来そうな
立ち居振る舞い、総じて言えば人生美学みたいなものが醸し出す「センス」を
漂わせたO君みたいな営業マンは、うちの会社にどれだけいるのだろうか?
営業マン以前に、学歴だけしか売りがない、了見の狭い、使えない人間は
佃煮
にするほど居てウンザリ。彼のような人物に巡り合うことは殆ど
ありません。
私は今、メガバンクのトップとなったかつての彼の上司に訊いてみたいです。
「あなたにとってO君はどんな存在でしたか」と。
それほどの方ですから「デキル男だった」とまでは褒めないかもしれませんが
「自分のバンカー人生の中で、忘れえぬひとりだ」 と答えてくれるような
気がします。